中国、新型コロナ後の財政政策と社会保障財政

2020年11月18日

(片山 ゆき) 中国・アジア保険事情

1――はじめに

新型コロナウイルスへの対応が続く中、各国では様々な財政政策が実行されている。中国では、これまでの大規模減税・社会保険料負担の減免や地方を中心とした公共投資といった景気対策は維持しつつ、さらに新型コロナ対策として赤字枠の拡大や特別国債の発行など積極的な財政出動を行っている。2008年のリーマンショック後のインフラ投資を中心とした4兆元の財政出動と比較されることもあるが、今回は、公共衛生や感染症対策、更に、雇用、国民の生活、それを支える地方末端行政へのサポートなど、より暮らしを支える施策となっていると言えるであろう。

2――【財政収支】

2――【財政収支】中国の財政は収支が悪化、年々財政赤字が拡大している

中国の2020年の全国一般公共予算(「一般会計」に相当)は、大規模減税、新型コロナによる経済への影響などから、収入は前年比5.3%減の18兆270億元であった(図表1)。

一方、新型コロナの感染症対策、雇用、景気刺激策など支出は前年比3.8%増の24兆7850億元となっている。新型コロナ以降の消費拡大、景気回復に向けた財政出動への期待は大きいと言えよう。その一方で、収入と支出の差である収支は赤字となっており、2020年の財政赤字の対GDP比は2019年の2.8%から3.6%以上になると見込まれている(図表2)。中国の財政は特に習政権以降、収支が悪化し続けており、年々財政赤字が拡大している。

3――【コロナ後の積極財政】

3――【コロナ後の積極財政】「六穏」、「六保」を支える5つの財政政策

新型コロナを経て、5月の全人代で承認された2020年の財政予算には、これまでの‘6つの安定’(「六穏」)に加えて、‘6つの維持’(「六保」)を支えるための5つの財政政策が盛り込まれている(図表3)。

6つの安定とは、①雇用、②金融、③貿易、④外資、⑤投資、⑥期待(予期・マインド)で、2018年の日中貿易摩擦以降、中国経済の安定的な成長を目指すために提唱されたものである。一方、6つの維持は、新型コロナ発生後の4月に提唱されたもので、①就業、②民生、③市場主体、④食料・エネルギーの安全、⑤産業チェーン・サプライチェーン、⑥社会の末端組織運営の維持を意味している。位置づけとしては、6つの維持を実施することで、6つの安定が実現できるとされている。

これらを支える財政政策として以下の5つが挙げられている。まず、(1)資金調達の拡大として、財政赤字の1兆元拡大と、感染症対策特別国債1兆元の発行である。財政赤字1兆元の拡大は2020年の財政収支の補填、地方政府への財政移転などに充当される。また、感染症特別国債は中央財政から発行され、地方に全額交付される。主に公共衛生、インフラ整備、感染症対策などに支出される。これに加えて、政府投資の拡大としては(2)地方政府の特別債の発行枠の増加がある。2020年は前年の執行額より発行枠を1兆6000億元拡大し、3兆7500億元とした。地方政府の特別債は目的別に発行し、収益性のあるインフラ建設プロジェクトなどを中心としている。一方、(3)減税についても2019年に引き継いで実施され、消費の拡大、企業活動の促進をはかるもので、2020年通年では2.5兆元の減税が見込まれている。
新型コロナ以降、実施されている‘6つの維持’(「六保」)であるが、その中でも重視されているのが、就業、民生、社会の末端組織運営の‘3つの維持’(「三保」)である。これは、社会保障とも大きく関係している。5つの財政政策の中でそれに該当するのが残りの(4)社会保険料の減免、(5)支出構造の健全化における特殊移転支出である。(4)保険料の減免については、年金、失業、労災保険の企業負担を減免し、雇用を維持した企業には失業保険料を返還するなど、企業活動のコスト軽減、雇用継続をサポートするものである。当初、米国との貿易摩擦から企業負担軽減のため、2019年の5月から実施されていたが、新型コロナを経て、その期間が延長されている(図表4)。3種類の社会保険料の減免分は2020年の通年で1.6兆元に達すると推算されており、これは2019年の同3種の社会保険料収入4.2兆元の38%に相当する。
(5)支出構造の健全化とは、雇用、貧困救済、教育、年金、医療といった生活・生計に係る予算の増加を維持し、その一方で政府庁舎の新たな建設を禁止し、接待や公用車の購入などの経費を圧縮するというものである。特に、今般は「特殊移転支出」を新設し、中央財政から、市・県といった末端の行政単位に直接予算を振り分けている。新型コロナ以降、雇用や貧困救済など行政や社会サービスを直接担い、更にコロナの影響が大きかった市や県に速やかな資金的援助を行えるよう取り計らっている。2020年の予算では、中央から地方全体への財政移転は、前年比12.8%増の8兆3915億元と大幅に増加している(図表5)。そのうち、特殊移転支出は7.2%を占める6050億元となっており、この財源として、3050億元は1兆元の赤字拡大枠から拠出され、残りの3000億元は感染症対策特別国債から充当されている。特殊移転支出は5月の政府工作報告で提起されたが、6月末時点ではすでに88.9%が執行されている。

4――【社会保障財政】

4――【社会保障財政】社会保険料の減収でインパクトが大きいのは年金保険料。主に省の年金積金の財源移転、特別補助金で補填。

中国では、一般公共予算(一般会計)とは別に、社会保険を運営する上で、収入、支出などの財源を管理する社会保険基金がある。2020年(予算)の社会保険料収入は、社会保険料の企業負担の減免、新型コロナによる経済への影響から前年比7%減の5.2兆元とされている。財政補填は前年比12%増の2.2兆元と最大規模となり、収入全体の28%を占めるまで拡大する(図表6)。これに対して、支出は前年比10%増の8.2兆元まで膨らみ、予算段階では収支は赤字となる。社会保険基金は2014年以降、保険料等のみでは支出が賄えなくなっており、財政補填への依存度が年々高まっている。

社会保険基金の財政補填のうち、最も多くを占めているのは年金である。しかも、2020年の社会保険料の企業負担減免において最も多くを占めるのも年金保険料である。政府の発表によると、2020年9月末時点で、3種の社会保険料の減免額は1兆2045億元となっている。そのうち、年金保険料は1兆140億元で84%を占めている。
これらの年金保険料の減免分をどう補填していくのか。現時点で発表されているのは主に2つある。1つは中央財政による年金特別補助金5800億元の拠出である。2つ目は、中央や地方財政による拠出ではなく、各省で管理されている年金積立金を地域間で財源移転するものである。中央調整基金を使って、定年退職者数の多い地域により多く財源を分配するもので、これによって2020年は合計7400億元が調整される予定だ。このような財源移転は2018年から実施されているが、財源移転の規模は毎年増加している。加えて、広東省など7つの省・直轄市が22の省など地域を支えている状態にある(図表7)。2019年時点で年金積立金は、5兆4623億元と余裕はある。しかし、中国社会科学院は、企業の年金保険料の負担割合を現行(16%)のままとした場合、年金積立金は2027年の7兆元をピークに減少に転じ、2035年には枯渇する予測を発表している。このような状況においても、中央政府は2020年の年金支給を前年より5%増額するよう求めており、制度を運営する地方財政へのプレッシャーの増大も懸念される。

5――おわりに

5――おわりに

このように、新型コロナ後の財政政策は、大幅な減税・社会保険料の減免に加えて、赤字の拡大、国債発行、地方政府の特別債の発行枠の拡大などの財政出動が実施されている。新型コロナを受けて、中央財政から地方財政への財政移転は前年比12.8%増と増加しており、特に被害の大きかった行政の末端地域への支出も新たに創設されている。さらに、地方政府に対してはインフラ投資を中心とする特別債の発行枠が拡大されているが、一般債を加えた地方財政が抱える債券の残高が中央財政による国債の残高を上回っている点には留意が必要であろう1。新型コロナ後の生活を支える社会サービスは地方政府が担っており、地方財政の悪化は市民の暮らしに大きな影響を与える可能性があるからである。
 
1 内藤二郎「中国の財政を取り巻く状況と課題」『フィナンシャル・レビュー』令和元年第3号(通巻第 138 号)財務省財務総合政策研究所、2019 年8月発行

保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

片山 ゆき(かたやま ゆき)

研究領域:保険

研究・専門分野
中国の社会保障制度・民間保険

経歴

【職歴】
 2005年 ニッセイ基礎研究所(2022年7月より現職)
 (2023年 東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了) 【社外委員等】
 ・日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
 (2019年度・2020年度・2023年度)
 ・生命保険経営学会 編集委員・海外ニュース委員
 ・千葉大学客員准教授(2023年度~) 【加入団体等】
 日本保険学会、社会政策学会、他
 博士(学術)

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