以上見てきたように、オスカーは、データを活用し、全てがスマホでできる等、いかにもインシュアテック、デジタルヘルスらしい特徴を備えている。しかし、単なる技術偏重の保険会社では終わっておらず、同時にコンシェルジュチームの設置や医師による24時間遠隔医療対応など、人海戦術的で、かなり人間味のある事業にも深く取り組んでおり、総合的な保険会社としての完成度が高い。
オスカーの事例は、インシュアテック、データヘルスの時代の中で、在り方を模索しているわが国生保会社にとっても、参考になる点が多いように思われる。
なお、冒頭、グーグルによるオスカーへの出資の話題に触れたが、オスカーが事業を拡大して行くにつれて、既成の保険会社やヘルスケア組織とオスカーが戦略的に提携する事例が増えてきている。
主な提携事例は以下の通りである。
- 2017年6月、医療保険大手のヒューマナとテネシー州ナッシュビルでの中小企業向け商品で戦略的提携
- 2018年1月、フランスの大手保険グループのアクサと再保険契約の締結に合意し、戦略的パートナーシップを形成
- 2019年7月、ニューヨークでのメディケアアドバンテージ事業に関して、モンテフィオーレヘルスシステムと提携
- 2020年1月、医療保険大手のシグナと一部の地域で中小企業を対象にCigna + Oscarブランドでサービスを提供する戦略的パートナーシップを発表
さらにオスカーは2020年1月1日より、薬の宅配を行う薬局スタートアップのカプセルファーマシーとの、ニューヨークにおける提携を開始した。これによりニューヨークのオスカーメンバーは、カプセルを活用することによって、処方箋を転送するだけで、当日のうちに無料で医薬品を受け取ることができるようになった。なお2016年創業のカプセルの資金調達にはオスカーの共同創業者であるジョシュア・クシュナー氏が立ち上げたベンチャーキャピタルが大きな役割を果たしている。
オスカーとグーグルの関係につき付言すれば、オスカーは設立以来、グーグルグループからベンチャーキャピタル子会社(Capital G)による投資等を受けてきたが、2018年にはついにグループ中核会社から出資を受け入れたことで注目が高まったものである。ただしグーグルのオスカー持株比率は10%程度と低い。出資とあわせてグーグルの初期設立メンバーであり、ユーチューブの前CEOでもあるSalar Kamangar氏がオスカーの取締役に就任した。グーグルもヘルスケア関連事業への取組を強めつつある中、両社の今後の関係が注目される。
2020年初頭の新型コロナウイルス感染症パンデミックの影響がオスカーにどのように現れるのかは今後の動向を見なければならない。
米国ではパンデミックの中、当局の要請を受けて、医療保険各社は、本来の契約条項では患者負担になるはずであったかもしれないコロナ関連のPCR検査料やその後の入院費用等について、患者に負担を請求することを放棄し、自己負担ゼロでの検査と治療に協力している。これは医療保険会社にとって負担である。一般に新興企業は資本蓄積が薄いはずなので、今回のような非常事態には抵抗力がなく、経営上の問題を抱えるインシュアテック医療保険会社が現れることは予想される。しかし、オスカーについては、多くの投資家から得た厚い資本がある上、アクサとの再保険契約もあるので、無理なく乗り越えられる可能性が高いのではないかと思われる。
なお、コロナ禍を機にテクノロジーや遠隔医療に対する注目が高まっている状況は、これらにいち早く取り組んできたオスカーを後押しすることになるかもしれない。
新興企業オスカーの事業展開速度はたいへん速い。事業方向性の転換もダイナミックである。スタート当初は「スマホで手続きができ、歩くと報酬がもらえる」といった点がアピールポイントの、おもしろい医療保険会社という程度のイメージだったが、年を経るにつれ、コンシェルジェチームの発足など、事業の厚みを増し、充実度を上げてきた。もはやスタートアップという言葉はそぐわないようにも感じられる。
これからもオスカーはその姿を頻繁に変えるはずである。その動向を注視していきたいと考える。