2015年の「フィンテック100」報告書(KPMG)のオスカーのページには、「届いた保険請求書を開封したが、その意味がさっぱり分からなかったのでオスカーを設立した」というクシュナー共同創業者兼CEO(当時)の言葉と、「オスカーのチームは、テクノロジーを活用し医療体験全体をシンプルにすることにフォーカスしている。テクノロジーと医療の専門家からなるチームは米国の医療システムの現状を見、消費者がひどい体験を強いられていることにフラストレーションを感じていた。そこで、彼らは医療の提供方法を改革しようと決意した。」との文章がある。
オスカーは医療に関する問題をテクノロジーを用いて解決する、という世直しスタンスで医療保険ビジネスに挑戦している。
オスカーが参入した米国の医療マーケットは独特な世界である。高齢者向け(メディケア)と低所得層向け(メディケイド)を除いて、公的な医療保険がない米国で、民間の医療保険会社が果たす役割は大きい。しかし、その民間医療保険市場は、少数の大手社が支配する寡占市場である。
薬価や診療報酬が公的に定められるわが国と異なり、米国ではこれらの価格は民間の事業の一側面として、市場原理に則り、自由交渉で定められる。医療保険会社は、このような市場原理貫徹の医療現場で、医療費をコントロールしようと、自社の保険が使える病院・クリニックをネットワーク化し、保険適用可能な医療行為も定めて、関与を強めている。
保険会社にとっては使われる医療費は少ない方がいい。一方の医療サービスプロバイダーである病院や製薬会社等にとっては医療費は多く使われる方がいい。二つの勢力の間にはせめぎあいがある。そのため、各業態の各社は、交渉力の強化を目指して、合併や買収を通じた大型化を追求している。そのような強豪ひしめく医療マーケットにテクノロジーだけを武器に参入したオスカーの姿は、風車に向かって突き進むドン・キホーテのようにも見えそうだ。しかし設立間もないオスカーの資金調達には、グーグル系のベンチャーキャピタル等、そうそうたるメンバーが参加した。
米国の医療制度の現状についてのオスカーの認識
オスカーは米国の医療マーケットについて、「競争的でも透明でもないので、ヘルスケアは高価である。患者は、自分のケアを選択する際、質や価値についての信頼できるシグナルをほとんど持っていない。病院や専門医は、地域での市場支配力が許す範囲で料金を請求する。コストは複雑で分かりにくい支払いの流れを通じて消費者に押し付けられる。価格は上昇し続けている。」、「ヘルスケアではコストと品質の間に相関関係がないため、消費者が情報に基づいた決定を下すことは困難である。」と、医療サービスの現場における競争のなさを指摘している。
そして「病院、保険会社、製薬会社の間の境界線がぼやけてきている。テックの巨人、銀行、そして小売業者は、現状に不満を抱いており、その真空状態を解消しようと急いでいる。」、「それでも、壊れた医療システムを修正する唯一の方法は、米国のほぼすべての他の業界に競争、選択、価値をもたらしたのと同じ処方に従うことである。それはつまり消費者に権限を与えることである。」、「私たちはこの課題を解決し、米国の人々に手頃な価格で質の高い医療を提供するために、オスカーを設立した。」としている。
保険会社として医療マーケットに参入した理由
オスカーはこうした事業を行うにあたって、保険会社の形態を取ることを必須の条件と考えて実践してきた。公的な医療保険制度がなく、民間どうしのやり取りで医療費の支払いが行われる米国の医療制度においては、ヘルスケアの情報が必ず経由するポイントが保険会社であるからだ。
「保険会社として、私たちはすでにシステム内の誰よりもはるかに多くのデータを持っている。私が最初から保険会社でなければならないと感じたのはそのためである。保険会社は何が起こっているのかをリアルタイムで確認できる。大手製薬会社、大手医療プロバイダーなど、ヘルスケア分野のパートナーやベンダーは、リアルタイムのデータ分析に近いものは何も準備していない。それは最初から私たちにとって最も興味深い話題の1つであった。リアルタイムで情報を持ちたい。システムの中でよりリアルタイムの可視性を持つことが重要であるということが人々にとって明確ではないので、私たちはまるで3つの頭がある地獄の番犬ケルベロスであるかのように見られる。」
「21世紀の消費者のニーズに合わせてデータと資金の流れを再構築するためには、医療保険会社として自分自身がシステムの懐に入る必要があると考えた。」、「これまでにないテクノロジー主導型の医療保険会社として、私たちはメンバーのエンゲージメント、バーチャルなケアの提供、そしてメンバーを最も価値の高い医療プロバイダーへと導くこと、に着手した。」
2――オスカーの概要