以上のような中国での新型コロナ(COVID-19)の経験を踏まえて、日本政府は図表-5
2に示したように、「集団発生を防ぎ、医療対応の限界レベル以下に感染の拡大を抑制すべき段階」であると現状を認識した上で、2月25日には「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針」を発表。26日には全国的なスポーツ・文化イベントの中止や延期を要請。27日には全国一斉の小中高校の臨時休校を要請し、29日には安倍首相が会見で国民に理解と協力を求めた。日本では既に全国的な「市中感染」の拡大が始まったとの現状認識に立つならば、筆者は「日本政府が打ち出した対策は大袈裟」なものでは決してなく、正しい判断だと考えている。
前述したような武漢における先行事例を見れば、日本の医療体制は中国よりも優れている
3とはいえども、新型コロナウイルスの感染力は極めて強く、若年層は感染しても無発症だったり軽症だったりするため、自分は大丈夫だからと動き回り、最も注意すべき高齢者や基礎疾患を持つ人への感染を媒介する保菌者(キャリア)となって、あっという間に医療機関の対応能力を超えて"医療崩壊"に繋がりかねないからだ。しかし、日本政府が前述のようなややこしい説明を避けて、国民に理解しやすいようにとの忖度から、全国一斉の小中高校の臨時休校を要請した理由を、「子供の命と健康を守るため」という説明をしてしまうと、情報が自由に流通する自由主義の日本では、前述のように若年層の感染率は低く重症化するケースも少ないという情報との矛盾が生じて、「日本政府が打ち出した対策は大袈裟」だとの世論が形成されかねない。さらには、子供の小学校が臨時休校なので祖父母を呼び寄せて面倒をみてもらうという本末転倒なことにもなりかねず、せっかく日本政府が正しい判断をしても、その成果が十分に実現できない恐れがある。
また、PCR検査に関しても、高齢の父母を介護している人にとっては、自分が無症状のキャリアではないかと心配になり、希望者全員に検査を受ける自由を与えてほしいと思う人が多いだろう。しかし、「市中感染」が既に広がっているとの現状認識が正しいなら、無発症だったり軽症だったりする感染者が医療機関に殺到すると、医療機関が集団感染の現場となりかねない上、重症の感染者に十分な検査ができず、武漢のように"医療崩壊"する恐れが高まる。さらに、PCR検査をしても、ウイルス量が少ないと陰性判定となる場合もあるため、それで安心して高齢の父母を介護できるわけではなく、かえって危険でもある。したがって、感染した疑いのある軽症者は、そのまま回復する可能性も十分高いので、病院に駆け込んだりせず自宅療養に努め、医師がその必要性を認めない「不必要なPCR検査はしない」というのが理にかなっている。しかし、日本政府が「PCR検査は拡大へ向けて努力中」とするだけで、「不必要なPCR検査はしない方が良い」と説明しないでいると、情報が自由に流通する自由主義の日本では、新型コロナの「確認症例」が増えないのを見て、「市中感染」はまだ始まっていないと自由に判断し、「日本政府が打ち出した対策は大袈裟」だと考えて、「確認症例」の無い地方ではスポーツ・文化イベントの中止や延期が不十分となりかねない。そして、せっかく日本政府が正しい判断をしても、その成果が十分に実現できない恐れがある。その背後には、「確認症例」は情報として明確に伝達されるが、「市中感染」は情報として伝達しにくいという問題がある。したがって、「確認症例」に2週間程度先行する「市中感染」の推定値を地方別に示すなど、両者のギャップを埋める努力が必要である。
今回の新型コロナウイルスは武漢が発火点となって日本など世界に拡散したことから、中国での感染拡大の経緯や中国政府が採用した財政面や金融面の対策とその効果などは、「市中感染」が広がり始めた日本にとって役に立つ貴重な情報といえる。特に、この緊急事態の下で資金繰りに窮した中小企業を救済するために取った対策は参考になる。平常時なら問題なく生き残る企業がこの緊急事態で資金繰りに窮して倒産してしまえば将来に禍根を残しかねないからだ。リーマンショック後に成立した"モラトリアム法(中小企業金融円滑化法)"のようなものが必要になるだろう。また、中国ではこの緊急事態の下でもイノベーションが進み、在宅でのテレワークに加えて、オンライン医療、オンライン授業、オンラインヨガなどの普及が加速し、業務再開に際しては通行許可証として機能する「健康QRコード制度」を考案するなど日本にとっても大いに参考になる取り組みが多い。
但し、厳しい情報統制を敷く中国では、毎日のように当局からスマホにショートメッセージが入り注意喚起したり、政府の外出制限令に従わない国民はドローンで追い回して外出を抑制したりできるが、自由主義の日本ではそれも難しいため、日本政府が考えた新型コロナウイルス対策の効果を最大限に引き出すためには、中国とは異なる前述のような努力が必要となってくる。
2 図表上の患者数を示すピンク色の線は、その形状から見て「感染症例(累計)」ではなく「現存の感染者数」だと考えられる。
3 経済協力開発機構(OECD)が公表したデータによれば、日本の病床数は住民千人当たり13.05床(2017年)、医師数は同じく2.43人(2016年)、看護師数は同じく11.34人(2016年)と、中国の病床数は住民千人当たり4.34床(2017年)、医師数は同じく2.01人(2017年)、看護師数は同じく2.7人(2017年)よりも充実している。