洪水リスクの保障として、公的支援、民間保険、自家保険などの議論がある。簡単に、みていこう。
(1) 公的支援
1つは、洪水発生後にそのつど政府が行う支援がある。これには、洪水被害の事前予測、リスクの緩和、リスクへの適応が含まれる。もう1つは、常設の政府機関による洪水保険の運営が考えられる。
(2) 民間保険
地域限定、国内、海外等のさまざまなレベルでの民間保険が考えられる。あわせて、再保険の活用も考えられる。また、民間保険と公的支援が連携して、被害額の一定部分までは民間が対応し、それを超過した部分は公的支援で対応する、といった仕組みも考えられる。いわゆる公的再保険である。
(3) 自家保険
公的保険などには通常、一定の免責金額や留保額があり、この部分は加入者が自ら準備金の積立等で対応する自家保険となる。自家保険を行うための、資金積立(プーリング)制度や、キャプティブ保険会社もある。こうした自家保険を行うためには、洪水保険のリスク管理が必要となる。自家保険の準備金が過少な場合、大規模洪水被害には対応できない。一方、一定期間洪水災害がなければ準備金が膨れ上がり、非効率な財務につながることとなる。このように、自家保険の運営は容易ではない。
(4) モノラインか複数ラインか
保険会社が保障を行う上で、洪水のみを単独の保険や特約として保障するか、それとも地震や噴火などの他の自然災害と一緒に自然災害保険として保障するか、という論点がある。
公的支援と民間保険が連携する場合には、自然災害保険とすることで、両者の保障内容に齟齬が生じないよう注意する必要がある。一方、自然災害保険とすることのメリットもある。たとえば、1) 複数の災害を保障することで、給付支払拒絶(免責)となる事態が少なくなる。2) 支払事務処理が効率化し、顧客の苦情が減少する。3) 複数の災害を対象とすることで、保険の魅力が向上し、加入率が高まる。4) 複数のリスクを取り扱うことでリスクの分散効果が働くとともに、加入者の逆選択の発生や高額給付支払いの可能性を抑えることができる。
(5)洪水保険の普及のための条件
洪水保険を普及させるにあたっては、いくつかの条件がある。最後に、それらをみていこう。
(a) 保障期間が長期に渡ることの理解が必要
ある特定の地域に限れば、洪水はめったに起こらない。50年に1度の被害といったリスクである。このため、リスク負担と、それに対する見返りの時間軸は大きく乖離する。たとえば、洪水予想地域での不動産の建築・販売に伴って、地方自治体は消費税や固定資産税などの税収を得る。建築業者は、建築の短期の利益を獲得する。不動産業者は、取引で目先の大きな利益を確保する。しかし、こうした短期の収入や利益とは別に、長期に渡る準備金の積立が求められる。そのことの理解が必要となる。
(b) 正確なリスクの把握が必要
洪水リスクの把握には、見積もりの要素が多い。このため、立場によってリスクの内容が異なる可能性がある。そこで、まず最初に客観的かつ合理的に、正確なリスク把握を行うことが必要となる。
(c) リスクの把握には質の高いデータが必要
近年、先進国では、洪水やエクスポージャーに関する高品質のデータが整備されつつある。しかし、長期間の洪水被害データの整備は簡単ではない。一方、途上国では、過去の洪水発生時の情報はおろか、エクスポージャーの詳細データを最新化することさえも困難となっている。都市基盤の急激な整備・開発、災害モデルの未構築などによって、この状況はより深刻となる。いざ洪水が発生した場合、多くの物件が保険に未加入で給付がなされないといった事態もありうる
7。
7 海外の保険会社のなかには、洪水による災害モデルが未構築であることを、「洪水リスクがない」と誤解することすらある。