さて、前置きが長くなりましたが、いよいよ本題です。「深夜アニメ見てるから俺オタクだわwww」「ボカロ(初音ミクをはじめとしたボーカロイド)聞いてるし、ニコニコ動画見てるからオタクって思われちゃう笑」と居酒屋や夜の駅のホームで騒いでる大学生をよく見ることがある。周りも「お前オタクかよ、キモ!!」と茶化しているが、言った本人は満更でもなさそうだし、グループに笑いが生まれている。実際に隠したかったらそんなこという必要もないし、むしろ彼は「オタク」というネガティブなイメージを持たれかねないキャラを演じることで、そのグループ内に居場所を見出しているのである。
では、なぜ「オタク」というキャラが好まれるようになったのか。この背景には2つの要因があると筆者は考える。
(1) まずオタク的な文化を、多くの人々が目にするようになった点である。その代表がニコニコ動画という動画サイトであり、デジタルネイティブ層の間で普及し、これがある種のマスメディア的装置として機能している。ニコニコ動画の特徴はアキバ系オタクが好むアニメを放送している点、創作欲のあるオタクがMADと呼ばれるアニメをはじめとした動画を加工し投稿している点、オタクの情報収集の場とされる大型匿名掲示板のように閲覧者が、再生中の動画に対して再生画面上にコメントを即時的に書き込むことができる点などがあげられる。近年においては、オタク文化をキュレートするような役割を持っており「オタク的な」情報や流行が生まれる場所であると考えられる。その結果、スクールカースト上の「新中間層」としてそういったオタクコンテンツを嗜好するライトオタクが台頭してきた
7。彼らはオタクという言葉を積極的に人間関係形成のために使用しているのである。
前述したように物心つく前からネット環境が整っているデジタルネイティブにとってニコニコ動画をはじめとしたオタク的文化は様々なSNSを通して容易に触れることができるため、従来オタクにあった世間との隔たりを越えることが可能になった。そのため比較的容易に手にすることができる「オタク」という記号がキャラにつかわれるのである。ステレオタイプとしてのオタクは社会的に懸念されむしろ、カーストでは下位に当てはまる。しかし、アニメを見る、秋葉原に行く等、ネタ消費としてオタクを消費することは自身を取り巻く人間関係に対して「オタク文化を自ら体験してネタを収集するくらい面白い人間である」といったアピールをすることができる。現代社会においてはそういったネガティブな表象自体が「ネタ的コミュニケーション」
8に利用されている
9。
(2) キャラとしてのオタクの選択はあくまでも手段であり、下層階級への差別化が目的にあるという点である。前述した通り、キャラ化は防衛的反応であり、自身より上の階層の人に気に入られることを目的にしたり、自身の階級を下げないために行われる。個性を承認されなかったり、需要のあるキャラを演じることができない「キャラが薄い」とき、若者のコミュニティにおいては自身の居場所を見いだせなくなったり、いじめの対象になる。そのため若者は実際以上に明るくふるまったり、自虐的な行動をしたりすることで笑いを得ようとする
10。この一環として、ネタ消費の対象にしやすいオタクを消費し、気軽にオタクというアイデンティティを得ようとするものが現れた
11。「オタクキャラ」もしくは「ライトオタク」になることで、根暗やコミュニケーションが苦手でいわゆる「オタク」と包括されてしまう層から一線を画し、下層階級との差別化、排他的な意図のもと、あえて「オタク」という記号を消費している。
オタクというキャラを演じることで、「俺は、あえてオタクを演じてるから、根っからのオタクであるお前らとは違う」、という意識を持った層がネタとしてアキバを消費しに秋葉原へ来る。これはオタクの社会的な地位が向上したわけではなく、ますますオタクが世間から色眼鏡で見られていることを示唆している。
7 濱野智史(2012)「デジタルネイティブ世代の情報行動・コミュニケーション」小谷敏編『若者の現在 文化』株式会社日本図書センター
8 鈴木謙介(2005)『カーニヴァル化する社会』講談社現代新書
9 松田いりあ (2008)「消費社会と自己アイデンティティ Z.バウマン・フレキシビリティ・商品化」『社会学評論』,59,日本社会学会
10 千石保(1991)『"まじめ"の崩壊 平成日本の若者たち』サイマル出版
11 森川嘉一郎(2012)「メディアが起した"アキバブーム"が秋葉原を変えた」『日刊SPA! 2012年7月9日』