岐路に立つ日本の水道~今、考えたい公共サービスの受益と負担

2019年08月08日

(神戸 雄堂)

1――はじめに

国及び地方の財政は、人口減少や高齢化の進展によって、今後ますます厳しくなることが予想されるが、国民の負担の増大には限度があるため、公共サービスを縮小していくこともあわせて検討せざるを得ないだろう。しかし、多くの国民は具体的にどのような公共サービスをどれだけ享受しているかについて正確に理解できていない。これは、国や地方公共団体によるわかりやすい説明がなされていない一方で、国民側の関心が低いため、そのような事態を招いているとも考えられる。したがって、今後は行政と国民の双方で公共サービスにおける受益と負担に対する意識と理解を深めたうえで、国民自らが公共サービスの縮小もしくは負担の増大といった選択をできるようにしていくことが、継続的な財政運営に必要だと考える。そして、これは特に双方の距離が近い地方公共団体と住民との関係において重要と言える。

住民にとって最も身近で不可欠な公共サービスとして水道事業がある。日本の水道事業は、普及率が100%近く1、安価で安全な水が供給されることから、世界に誇れるものである2。しかし、現在水道事業は多くの課題を抱えており、将来的に安価で安全な水の供給が危ぶまれている。本稿では、水道事業を巡る状況について取り上げ、公共サービスのあるべき受益と負担の関係について考えたい。
 
1 日本水道協会「水道統計」によると、2016年度の普及率は97.9%。
2 国土交通省(2018)によると、水道水をそのまま飲める国は日本を含めてわずか9ヵ国となっている。また、生活に必要な水をすべて市販されている2ℓのミネラルウォーターのペットボトル(1本100円とする)で賄うとすると、1世帯1月あたり約100万前後かかると推定されるが、実際の水道料金は数千円程度となっている(水道料金はミネラルウォーターの約1000分の1)。
 

2――水道事業について

2――水道事業について

1水道事業制度
水道事業には公営と民営があるが、大半の国民が享受しているのは公営のサービスである。地方公共団体が運営する水道事業は工程や計画給水人口規模によって、図表1の通りに分類される。工程別では水源での取水から配水池への送水までの川上を担う水道用水供給事業と、各区域への配水や家庭への給水などの川下を担う水道事業に分類される。水道事業は計画給水人口の規模によってさらに上水道事業と簡易水道事業に分類される3
水道事業は、原則として市町村が経営するものとされている(水道法第6条第2項)。そして各市町村が経営する上水道事業は地方公営企業法が適用され、地方公共団体内部において特別の経営組織(地方公営企業)を設けたうえで、特別会計の設置と独立採算制が原則とされる(地方公営企業法第17条の第1項及び第2項)。すなわち、上水道事業を行う公営企業(いわゆる水道局や企業局)は、民間企業の会計に準じた地方公営企業会計が適用される他、経費については一部の例外4を除いて当該事業の経営に伴う収入、いわゆる利用者からの料金収入(受益者負担)等をもって充てなければならない。

具体的に水道事業会計は図表2の通り、収益的収支と資本的収支に区分される。前者は事業の運営や施設の管理に関わる収支で独立採算制が原則、そして後者は施設の新設や改良・更新に関わる収支である。資本的収支における施設の新設や改良・更新に係る費用は、企業債の発行や国等からの補助金を財源とする他、不足する財源を収益的収支における前年度以前の利益や減価償却費等による内部留保資金で補填する。したがって、給水収益で費用を賄い、かつ施設の新設や改良・更新に係る財源も確保できるように、水道料金を設定することが望ましい。

なお、簡易水道事業への地方公営企業法の適用は任意であったが、2014年度及び2018年度の総務大臣通知等によって、都道府県及び人口3万人以上の市町村が経営する事業は2019年度までに、人口3万人未満の市町村が経営する事業は2023年度までに公営企業会計を適用するよう要請されている5
 
3 水道事業は計画給水人口が101人以上の事業で、そのうち同人口が5000人以下の事業が簡易水道事業、5001人以上の事業が上水道事業に分類される。上水道事業は法律用語ではないが、本稿では簡易水道事業を除く水道事業を「上水道事業」と表記する。
4 例えば、消防活動の一環として行われる消火栓の設置・維持管理など一般行政としての性格を持ち、料金収入によって賄うことが適当でないものがある。
5 「公営企業会計の適用の推進について」(2015年1月27日付総務大臣通知)及び「公営企業会計の適用の推進に当たっての留意事項について」(2015年1月27日付総務省自治財政局通知)によって、簡易水道事業は「重点事業」と位置付けられ、都道府県及び人口3万人以上の市区町村は2015年度から2019年度までの集中取組期間において、公営企業会計の適用に取り組むことが要請された。また、「公営企業会計の適用の推進に当たっての留意事項について」(2019年1月25日付総務大臣通知)によって人口3万人未満の市区町村も2019年度から2023年度までの拡大集中取組期間における移行を要請された。
2水道事業の現状と課題
現在、水道事業は多くの課題を抱えており、将来的に安価で安全な水の供給が危ぶまれている。具体的な課題として、(1)老朽化する施設への対応、(2)水道職員の確保、(3)適正な水道料金の引上げ・料金格差拡大の抑制の3点が挙げられる。

(1)については、水道事業に係る施設の老朽化が進行しており、特に償却資産総額の約7割を占める管路(いわゆる水道管)は法定耐用年数(40年)を経過している割合(管路経年化率)が年々上昇している(図表3)。しかし、管路の更新は遅々として進んでおらず、管路更新率については、望ましいとされる2.5%(=1/40)の水準を大きく下回っている6。また、昨今地震による水道施設等への被害も見られる中で、管路の耐震化も徐々に進んではいるが、2016年度の耐震化率は14.8%という低水準に留まっている。これらの背景として、高額の更新費に係る財源の不足がある。管路の更新費は、1kmあたり1億円以上掛かると見られ7、既に法定耐用年数を経過している管路の更新費だけでも全国で10兆円以上の財源を要する。今後、管路の老朽化がさらに進行していく中で、財源不足によって更新できない管路はますます増加しかねないが、管路の更新を怠ると漏水事故や断水を招きやすくなり、水の安定的な供給にも支障を及ぼす。

(2)については、水道職員数が年々減少している(図表4)。また、高齢化も進んでおり、特に施設の補修や更新を担う技術系職員については、後任となる人材育成や技術継承が十分に行えていない状況である。そのため、関連業務について民間事業者への業務委託が増加しており、地方公共団体内で技術やノウハウが蓄積されにくくなり、災害発生などの緊急時における対応への懸念が高まっている。
そして、(3)については人口減少、節水機器の普及、大口使用者の専用水道への切り替え8等によって有収水量9は2000年頃をピークに減少傾向にある(図表5)。水道事業は固定費が大部分を占める装置産業であるため、有収水量が減少すると収支を直撃する。有収水量の減少に伴う収益の減少を補うためには水道料金を引上げざるを得ず、全体的に水道料金が引上げられているが、十分とは言えない。地方公営企業法適用団体のうち、費用を料金収入だけは賄えていない団体は全体の3分の1以上にも及んでいる10。また、団体ごとに地理的条件や現在給水人口の規模が異なるため、水道料金が異なるのは一定やむを得ないが、全団体間における水道料金の格差は約8倍にも及んでいる(図表6)。今後は、人口減少に伴う有収水量の減少11と施設の更新需要の高まりに伴う費用の増加によって、ますます収支が悪化することが見込まれるため、さらに水道料金を引上げなければならないだろう。そして、人口減少や施設の更新需要の高まりの度合いも各団体や属する地域によって異なるため、ますます団体間の料金格差が拡大することが懸念される。
水道事業がこれらの課題を抱えるのは、事業者数が過多であることが主因である。平成の大合併に伴う地方公共団体数の減少に伴い、地方公共団体が運営する水道事業者数も減少傾向であるが、2017年度時点で未だに1926団体も存在しており12、地方公共団体数(1788団体)を上回っている。この結果、ヒト・モノ・金などの経営資源が分散し、規模の経済が働かず、特に小規模な簡易水道事業者を中心に経営が困難となっている。
 
6 管路更新率とは、管路総延長のうち当該年度に更新された管路総延長の割合。管路更新率は2.5%の水準が望ましいとされているが、一部では管路の種類の一つであるダクタイル鉄管の耐用年数を60年と評価するなど、必ずしも2.5%が望ましいとは限らないとの意見もある。
7 総務省「2017年度地方公営企業年鑑」の建設改良費(うち3分の2を更新費と仮定)と当該年度に更新された管路総延長から算定。
8 一般的に、水道料金は逓増性料金が採用されており、企業など使用量の多い大口使用者ほど料金負担が重くなる。そこで、大口使用者は料金負担を軽減すべく、安価な地下水へと切り替えるため、有収水量減少の一因となっている。
9 有収水量とは料金徴収の対象となった水量で、配水量から無収水量(メーターの測定誤差など)と無効水量(漏水など)を除いたもの。
10 地方公営企業法適用団体のうち、料金回収率が100%未満(供給単価が給水原価を下回っている)の団体が3分の1以上。
11 厚生労働省の推計によると、有収水量がピークであった2000年と比べて、2015年の減少幅は1割程度に留まるが、2065年には約4割も減少する。
12 地方公共団体が運営する水道事業は2017年度で1926団体と前年度(2041団体)から減少している。17年度の内訳は用水供給事業が71団体、上水道事業が1282団体、簡易水道事業が573団体(うち地方公営企業法適用団体が28団体、非適用団体が545団体)となっている。
 

3――2018年度における水道法の改正について

3――2018年度における水道法の改正について

1改正水道法の概要
このような現状と課題を踏まえ、政府は水道の基盤強化を図るべく、2018年度に水道法を改正した(図表7)。改正の概要は大きく次の2点に分けられる。1点目は適切な資産管理の推進である。水道事業者には長期的視野に立った計画的な施設の更新が求められるが、改正前の水道法においては長期的な収支見通しの作成やそれに必要な固定資産台帳の整備を事業者に義務付けていなかったため、これらを義務付けることとした。

そして2点目は課題解決のための選択肢の拡大であり、具体的には広域連携の推進と多様な官民連携の推進がある。広域連携とは近隣の事業者などと事業統合や業務の共同化を行い、スケールメリットを生かした効率的な事業運営を目指すものである。広域連携自体はこれまでも実績はあったが、今回の法改正によって推進役として都道府県の積極的な関与を求める旨が規定された13
また、官民連携は、既にメーター検針や料金徴収等に係る事務の委託、浄水場の運転管理等の技術的業務の委託など様々なレベルで行われている。しかし、これらは連携する業務が全体のほんの一部に過ぎない、契約期間が短いなど民間事業者が経営ノウハウを十分に発揮できるだけの条件が揃っておらず、効果が乏しかったため、政府はPFI法に基づくコンセッション方式を推進してきた。コンセッション方式とは、公共主体が施設の所有権を保有したまま、民間事業者に公共施設等運営権を長期間にわたって付与することによって、民間事業者による安定的で自由度の高い運営を可能とする方式で、空港事業などでは導入が進んでいる(図表8)。一方で水道事業については、法改正以前は地方公共団体が水道事業の認可を返上したうえで、民間事業者が新たに認可を受けなければならず(水の供給責任に係る最終責任者は民間事業者)、災害発生時の水の供給への懸念から議会や住民の理解が得られず、これまでコンセッション方式導入の実績はなかった。そこで、法改正によって最終責任は地方公共団体が担いつつ、運営権を民間事業者に設定できる方式が新たに創設された。その他の変更点として厚生労働大臣が事前の許可や場合によっては事後の立入検査を行うなど国の関与が強化された。
 
13 厚生労働省の「水道事業の統合と施設の再構築に関する調査(官民連携及び広域化等の推進に関する調査、2015年3月)」によると、広域化を進める上で重要な点という設問に対する回答の1位が「各自治体の理解・合意(39.1%)」、2位が「首長等のリーダーシップ」4位が「調整役(都道府県の)介在(16.3%)」であった。また、広域化の推進役として望ましい主体という設問に対する回答の1位が「都道府県」で過半数であった(51.0%)。
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