以上の動向を総合すると、手を付けやすい部分から議論を始めていると考えられる。
第1に、具体的な医療機関名を挙げる議論では、公立・公的医療機関の見直しが先行している点を指摘できる。例えば、図3で挙げた合意済み病床数のうち、公立・公的医療機関の比率は60.4%に上る。言い換えると、民間よりも公立・公的医療機関の議論を優先したことになる。
これは民間中心の医療提供体制が影響している。先に触れた通り、都道府県は民間医療機関に対して実効的な権限を持っておらず、民間医療機関との協議を進める上では地元医師会などとの調整も必要になるため、都道府県が関与しやすい公立・公的医療機関に関する議論が先行していると言える。
こうした流れについては、地域医療構想に関するワーキンググループで議論が進んでいる「具体的対応方針の検証に向けた議論の整理」(以下、「議論の整理」)で顕著となっている。「議論の整理」は現時点で合意に至っていないが、「病床数の多寡のみに固執した機械的で形骸化された議論」が繰り返されないようにする必要があるとして、がん、心筋梗塞などの心血管疾患、脳卒中、小児医療、周産期医療、救急医療、僻地医療、災害医療、研修・派遣機能などに関する実績を参考指標として、区域ごとの現状を検証する方向となっている。
さらに、分析を踏まえた協議・検証に際しては、「他の医療機関による代替の可能性がある公立・公的医療機関」は「再編統合の必要性について特に議論が必要な公立・公的医療機関」と位置付けることで、他の医療機関と統合する是非について結論を出す案が示されている。つまり、「議論の整理」に代表される通り、大きな方向性として、「公立・公的医療機関の役割を民間医療機関が担えない機能に特化する」という流れが強化されていると言える。
この点については、いくつかの動きが関係している。例えば、公立病院の赤字が地方財政の足を引っ張っており、「公立病院の改革が地方歳出の抑制や地方財政の健全化に繋がる」という議論が以前から根強くある
17。さらに、日本医師会が「税金を多額に投入している公立病院と、税制優遇もない民間病院が同じ機能を担っている場合、公立病院は引くべきではないか、という提案だ」と指摘
18している点も無関係ではないだろう。
第2の非稼働病棟も手を付けやすい分野である。民間医療機関が病床開設の許可を取っているのに、何らかの理由で稼働させていないのであれば、別の医療機関の参入可能性を阻害していることになり、都道府県による許可病床の返上要請は必要な対応と言える。
ただ、非稼働病床を実態に合わせるだけなので、現状に特段の変化が生まれるとは言えず、こちらも都道府県から見ると手を付けやすい部分と言える。
こうした手を付けやすいところから議論を進めることを政治学では「漸増主義」(incrementalism)と呼ぶことがある
19。具体的には、政策変更の影響などが見通せない「限定合理性」の下では、制度を一気に改革するのではなく、手を付けやすいところから少しずつ改革することである。地域医療構想の場合、表1の病床データが一つの長期的な目安となり、それに向けて漸増主義的なアプローチが採られていると解釈できる。
17 公立病院改革については、総務省が2007年12月に「公立病院改革ガイドライン」を策定したのを契機に、独立行政法人化やネットワーク化、再編・統合など様々な動きが少しずつ進んでいる。しかし、内閣府が2016年8月に取りまとめた報告書「公立病院改革の経済・財政効果について」は「公立病院の経営指標は民間病院や公的病院に比べて劣っている」と指摘しており、財務省も財政制度等審議会の席上、公立病院の赤字圧縮を求める資料を提出している。
18 2019年4月27日の日本医学会総会における日本医師会の中川俊男副会長の発言。2019年4月29日『m3.com』参照。
19 漸増主義の必然性に関する指摘として、Charles E Lindblom,Edward J Woodhouse(1993)"The Policy-Making"〔薮野祐三・案浦明子訳(2004)『政策形成の過程』東京大学出版会]がある。
5――公立・公的医療機関の役割を特化する方法の評価