Brexitに伴い、パスポート権を喪失することになり、現在英国にEUの管理拠点を置いている英国等の保険会社は、大きくは、今後の新契約の獲得及び既契約へのサービスの提供という2つの点での対応が求められてくることになる。
1|パスポート権の喪失
以前のレポートで報告したように、EUにおける保険事業の展開という意味においては、パスポート権の喪失が最も大きな問題となる。
「パスポート権(passporting rights)」とは、EU加盟国における保険会社が、各個別の国のライセンスを取得しなくても、ブロック全体で、業務を実施し、サービスを提供することができる権利のことをいう。英国がEUを離脱すると、英国の保険会社は、パスポート権を失うことになり、EUで事業を行うためには、英国以外のEU加盟国に子会社を設立することが求められることになる。
この影響は、特にこれを広範囲に使用しているLloyd'sや損害保険会社にとって大きなものとなることが想定されている。パスポート権の喪失は、保険会社が、ビジネス拠点の再構築を余儀なくされることにつながる。新たな保険会社の設立と業務の移転に伴う一時的な費用だけでなく、こうした会社の継続的な運営経費も追加負担として加わってくることになる。
ただし、英国の保険会社が置かれている状況は、各社各様である。
さらには、この問題は、英国の保険会社に限定される話ではない。現在、米国や日本を含むアジアの保険会社は、英国に欧州本部を置いているケースや、英国を大陸欧州へのゲートウェイとして位置付けているケースが多い。この場合、これらの会社も本部を英国以外のEU加盟国に移転することを検討する必要がでてくることになる。
2|国境を越えた(Cross-border)既存の保険契約への対応
EUの拠点を英国以外のEU加盟国に移転した場合でも、それまでに獲得した既契約の取扱いが問題となってくる。前回のレポート「
Brexitに向けての英国政府の対応-No-deal(合意なし)シナリオも踏まえた保険監督当局等の検討状況-」(2018.10.30)において報告したように、英国の監督当局は、No dealに備えて、現在英国にパスポート権で事業展開しているEEA(欧州経済地域)の保険会社のサービスにアクセスする英国ベースの顧客への対応の観点から、「暫定的許可制度」を設定して、これらの会社がBrexit後3年間まで、英国の顧客にこれらのサービスを提供し続けることを可能にする、としている。これにより、これらの会社が英国での営業を継続するための認可申請を行う時間を確保させている。これらの会社が現在提供しているサービスの全範囲をカバーする承認を受けた場合、以前と同じように英国においてサービスを提供し続けることができることになる。
これに対して、EEAに現在パスポート権で営業展開している英国等の保険会社のEEA顧客に対しては、EUの保険監督当局等は現段階において何らの措置も行っていないため、このままの状態では、英国等の保険会社はたとえ本部を英国以外のEUの加盟国に移転したとしても、それだけではEEAの既契約の保険契約者等に対するサービス(保険事故発生時の保険金支払い等)が行えなくなる可能性があることになる。
これに対して、英国の保険業界等は、EUの保険監督当局等に対して、英国と同様の所要の対応を行うことを要求してきているが、いまだEUからの具体的な行動が見られていない状況にある。
こうした中で、英国の保険会社は、2000年の金融サービス市場法第7部に規定されている保険契約移転スキームである「Part VIIの移転」の申請を行ってきている。
「Part VIIの移転」は、単一の市場、パスポート権、移行期間又は同等性評価を持たない「Hard Brexit」の場合に、EU顧客を有する英国の保険会社が契約を継続するための手段として使用されることになる。
(参考)Part VIIの移転
「Part VIIの移転」は、通常、合併又は買収の一部として、あるいは非効率性を排除するプログラムの一環として、保険会社が事業の再編を行うために使用される。ソルベンシーIIの下では別個のグループ会社の統合により、分散効果が考慮されること等により、ソルベンシー資本要件とリスクマージンを削減することが可能になり、資本効率が高くなる傾向がある。そのため、ソルベンシーIIの下での資本を最適化したいという要望から、「Part VIIの移転」が再編の大きなドライバーとして使用されてきた。
ただし、「Part VIIの移転」を行うためには、規制当局(PRAと金融行動規制機構(FCA))による審査や裁判所の認可などが要求されるため、これらを遂行するために保険会社には相当量のリソースが必要になってくる。移転のスキームを開発し、裁判所の文書を作成し、保険契約者への連絡を整理し、保険会社のアクチュアリーがスキームを報告し、独立した専門家が同様のチェックを行うため、必要とされる時間は、簡単な移転の場合でも、12ヶ月から15ヶ月が最も典型的である、と言われている。さらに、生命保険契約の移転は、一般的には損害保険よりも時間がかかる傾向がある、と言われている。
加えて、規制当局や裁判所がPart VIIの申請を審査するための法定のタイムスケールはないため、Brexitの期限までに完了させるためには、保険会社は早期の申請等が求められていた。
一方で、保険会社の観点からは、Brexitの内容の明確化、特に移行期間又は何らかのグランドファザーリングの取扱の可能性について期待していたという要素もあり、なかなか再編計画の実施に踏み切れなかった事情も見られていたようである。
監督当局は、以前から、EEAベースの保険会社への移転は、Hard Brexitの場合に契約上の確実性を保証する唯一の手段であるため、 Brexitへの立ち上げ時にPart VIIの申請が急増することを予期していた。
3―英国等の保険会社の欧州拠点の移転等の対応状況