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健康経営を巡る「骨太方針」「日本再興戦略」の表現
まず、健康経営を巡る経緯から考える。政府は毎年6~7月、「経済財政運営と改革の基本方針」(以下、骨太方針)を閣議決定することで、次年度の予算編成の骨格を定めるとともに、中長期的な経済財政政策の方向性を示している。ここでは、骨太方針の文言の変遷を見ることで、健康経営に向けて政府のスタンスがどう変わったか読み取ることとする。
自民党が政権に返り咲いた後、初めて策定した2013年6月の骨太方針では健康寿命の延伸などに言及しているが、「健康経営」の文言は見られない。さらに、2014年6月の骨太方針でも「規制改革等を通じて民間活力を発揮させ、健康関連分野における多様な潜在需要を顕在化させることで、経済成長の活力としていく」していたが、「健康経営」という言葉を使っていない。
しかし、2015年6月に閣議決定された骨太方針では「民間事業者も活用した保険者によるデータヘルスの取組について、中小企業も含めた企業による健康経営の取組との更なる連携を図り、健康増進、重症化予防を含めた疾病予防、重複・頻回受診対策、後発医薬品の使用促進等に係る好事例を強力に全国に展開する」として健康経営という言葉が使われている。
一方、骨太方針と同じ時期に閣議決定されている「日本再興戦略」はどうか。戦略が2013年6月に初めて策定された際、「自治体や企業による市民や社員の健康づくりに関するモデル的な取組を横展開」といった文言が見られるが、「健康経営」という言葉を使っていない。しかし、2014年6月に改訂された際、「健康経営に取り組む企業が、自らの取組を評価し、優れた企業が社会で評価される枠組み等を構築することにより、健康投資の促進が図られるよう、関係省庁において年度内に所要の措置を講ずる」という文言が入り、健康増進に関する取り組みを会社同士で比較できる指標の開発、健康経営に積極的な会社を指定する「健康経営銘柄」の設定などを施策として示した。以上のように考えると、健康経営は2014年~2015年から政策として本格的に取り上げられてきたと言える。
では、この頃に何が起きたのだろうか。大きな変化として、経済産業省を中心とした施策が本格化したことが考えられる。例えば、経済産業省は健康経営に関するガイドブックを2014年10月に初めて作成
1したほか、日本再興戦略の規定に沿って、東京証券取引所と合同で2015年3月、従業員の健康づくりに取り組んでいる会社を認定する「健康経営銘柄」を初めて公表、これらの周知を図るイベントとして「健康経営アワード」も始めた。
さらに、官民一体で健康づくりに取り組む組織である「日本健康会議」が2015年7月に発足し、ここで採択された「健康なまち・職場づくり宣言2020」では、健康経営に取り組む企業を500社以上とする方針などを定めた
2。
以上の経緯を踏まえると、「健康経営」という言葉が政策論議で使われ始めたのは2014~2015年頃であり、経済産業省を中心とした動きと理解して良いであろう。
言い換えると、健康経営は厚生労働省からスタートした政策ではない。この点については、厚生労働省を中心に進めている「健康日本21」の動向を見ても理解できる。例えば、健康づくりに向けて関係者の役割などを盛り込む形で、2013年4月に改定された「健康日本21」
3では「国民、企業、民間団体等の多様な主体が自発的に健康づくりに取り組むことが重要」などと企業の役割に言及しているが、「健康経営」の文言は出ておらず、厚生労働省が主導しようとした形跡は見受けられない。その意味では、健康経営は社会保障政策ではなく、産業政策としての側面が強い。
1 2014年10月作成の「企業の『健康投資』ガイドブック」。
2 ここでは詳しく述べないが、健康経営銘柄とは別に、日本健康会議が2016年度にスタートさせた「健康経営優良法人認定制度」では、対象を大企業だけでなく、未上場企業や中小企業に拡大し、健康経営に取り組む法人を認定している。各健康保険組合の取り組みをスコア化する「健康スコアリングレポート」も2018年度から始まった。
3 正式名称は「国民の健康の増進の総合的な推進を図るための基本的な方針」。2008年に初めて策定された。