英国のEU離脱は200日後に迫っているが、離脱が2020年末まで現状を維持する「移行期間」を盛り込んだ協定に基づく秩序立ったものとなるのか、未だ定まっていない。離脱協定の未合意事項であるアイルランドと北アイルランドの厳格な国境管理の方法について合意できていないためだ。
離脱後のEUとの関係についても不透明だ。メイ首相は、7月12日に「英国とEUの将来の関係」と題する白書にEUへの要望をまとめたが、そのままの形で、実現する見込みはない。メイ政権の要望の実現可能性が低い最大の理由は、EUの原則では受け入れられない要望を多く含んでいることにある。要望には、「共通のルールブックに基づく財の自由貿易圏の創設」などが盛り込まれ、白書以前に示してきた方針よりも穏健化した。しかし、EUが嫌う「いいとこどり」と思われる要望は散見される。EUは既に、「促進された関税手続き」に盛り込まれた関税の代行徴収は受け入れられないとしている。金融サービス分野で要望した、EUが第3国の規制の同等性を認める「同等性評価」の予見可能性を高める監督面での緊密な協力や規制に関わる対話等についても、EUは否定的だ。
メイ首相の方針への英国内での支持が低い問題もある。7月に離脱戦略の穏健化に反発し、メイ政権からデービス離脱担当相とジョンソン外相(いずれも当時)が離脱したが、保守党内の強硬離脱派は、メイ首相の弱腰を激しく非難する。9月30日~10月3日に開催される保守党の党大会は、離脱後も主権の制約を受けるような穏健離脱を阻止する強硬派の動きで波乱の展開となる可能性もある。
今後、英国のEU離脱を巡って注目を要するイベントが続く(図表19)。9月19~20日にはオーストリアのザルツブルクでEUの非公式首脳会議が開催される。英国との将来の関係について、追加的なガイドラインの作成などの動きが出てくるかもしれない。10月18日の定例のEU首脳会議は、これまで離脱協定の未合意事項の解消と、将来の関係に関する政治合意の期限とされてきたが、合意はあるとしても、11~12月にずれ込むとの見方が強まりつつある。12月の定例首脳会議を待たずに、11月に英EU離脱を主題とする緊急首脳会議が開催されるとの観測もある。
メイ政権がさらに譲歩してなんとかEUとの合意を取り付けた場合にも、英議会が否決する可能性は決して低いものではない。下院650議席における保守党の議席数は316で過半数を割り、アイルランドの地域政党・DUPからの閣外協力を得ている状況だ。保守党内の強硬離脱派が、協定なしの方がましと判断して、あるいは、親EU派が、より穏健な離脱を求めて、反対に回れば、英議会での承認は益々危うくなる。保守党内の分断が続けば、258議席を握る最大野党・労働党が鍵を握ることになる。世論調査では、保守党と労働党の支持が拮抗した状態が続いている。次の首相としてのコービン党首への期待は高いものではないが、メイ政権を倒し、早期総選挙によって政権交代を実現するという狙いで、合意案の否決に回る可能性がある。労働党は、保守党よりも、EU残留を支持した議員の割合が多かったものの、離脱戦略への党としての明確な姿勢を打ち出しきれていない。9月23~26日に予定されている労働党大会の議論も注目を要する。
協定なしの無秩序な離脱は、(1) EUとの協議の決裂だけでなく、(2) 英議会が否決して、政局が混乱した場合、さらに、(3) 事態収拾のために2度目の国民投票が実施され、メイ政権がまとめた「悪い協定」に基づく離脱よりも「協定なしの離脱」が選択される場合にも起こり得る。
英経済は1%台半ばのペースで拡大。不透明な状況長引けば潜在成長率は更に下振れも