コラム

キャッシュレス先進国にみる金融インフラの効率化

2018年08月15日

(福本 勇樹) 金利・債券

2018年4月に経済産業省より公表された「キャッシュレス・ビジョン」では、大阪・関西万博(2025年)に向けて、キャッシュレス決済比率4割の達成目標を2年早め、2025年としている。さらに、将来的にキャッシュレス決済比率80%を目指して環境整備を進めるとある。また、2018年8月に経済産業省にて「キャッシュレス推進協議会」が立ち上がり、「QRコード決済の標準化」や「自動サービス機におけるキャッシュレス普及促進」など、7つのプロジェクトを掲げている。いわゆるキャッシュレス決済と言われるクレジットカード、デビットカードや電子マネーだけではなく、モバイル決済も活用したキャッシュレス社会の実現についても議論が始められたところである。

流通・小売業者において現金取扱業務にかかる人件費(6兆円)、金融機関において現金管理や銀行ATMなどにかかる費用(2兆円)について、キャッシュレス化の進展によってこれらのコストの削減が期待されている1。消費者もキャッシュレス化することで様々なメリットを享受することができる2が、キャッシュレス決済を普及することでコスト削減のメリットを直接的に期待できる流通・小売業者や金融機関が、日本におけるキャッシュレス社会を進展させるキープレーヤーになると考えられる。

モバイル決済の観点から考えると、「キャッシュレス先進国」と呼ばれることの多い北欧諸国(スウェーデン、デンマーク、ノルウェー)の事例が参考になる。北欧諸国では大手金融機関が協力してモバイル決済の仕組みを提供することでキャッシュレス化の進展に寄与している。モバイル決済として、スウェーデンでは2012年にSwish、デンマークでは2013年にMobilePay、ノルウェーでは2015年にVippsの利用が開始され、いずれも人口の50%を超える普及率になっている。これらの北欧諸国では成人の銀行口座の保有率が100%3であるため、モバイル決済の仕組みを導入したとしても、消費者が新しい決済に移行する時間やコストがそれほどかからなかったと考えられる。

一方で、北欧諸国では、キャッシュレス化が進展するにつれて、金融機関の金融インフラ(銀行ATMや営業店舗)の効率化も同時に進められている。スウェーデンでは銀行の営業店舗で現金の取り扱いを行わないことが一般的になっているが、図表1や図表2にあるように、北欧諸国ではキャッシュレス化の進展に伴って銀行ATMの設置台数や営業店舗数を削減させている。2011年から2016年の5年間で見ると、銀行ATMの設置台数を約15~25%、営業店舗数を約15~40%削減させている。
また、スウェーデンのノルディア銀行では、AI活用やデジタル化とともに、従業員の1割以上に相当する6,000人の削減も発表されている。スウェーデンやデンマークではマイナス金利政策が導入されるなど、北欧諸国においても低金利政策が実施されている中で、キャッシュレス化などのデジタル化を進めることで金融インフラの削減も含めた業務効率化が進められている段階にある。

一方で、日本においては、図表1や図表2から、国内銀行では少なくとも2016年までは金融インフラの削減はほとんど行われていないことが分かる。しかしながら、2016年にマイナス金利政策が導入され、国内銀行は利ざやの低下に悩まされている環境下にある。日本銀行の調査4によれば、国際ブランドと提携したデビットカードを発行した国内銀行の数が2015年末から2016年にかけて15行から28行に急拡大しており、国内銀行は顧客に対して銀行ATMの利用からデビットカードの利用への移行を推進しているようである。また、大幅な人員削減計画についても発表されるなど、国内銀行は金融インフラに関するコスト削減を実行する段階に入ったといえる。

国内大手行が今後5年間で銀行ATMを2割程度削減する予定との報道があったが、これは北欧諸国における金融インフラの削減ペースに匹敵するものと考えられる。決済システムは社会のインフラであり、決済が充実していなければビジネスの成長も期待できない。北欧諸国における金融インフラの効率化は、その背景にモバイル決済の急速な普及という支えがあったことは無視できないだろう。

また、日本では高齢化が進展しており、高齢者をうまく新しい決済システムに誘導していく施策も必要になるだろう。その観点から考えると、日本の成人の銀行口座の保有率は98%であり、キャッシュレス化を進めていく上で、国内銀行は重要な位置にある。今春、日本においても大手3行が提供するモバイル決済サービスにおいて、QRコードの規格を統一することで合意したところである。北欧諸国のように、多くの銀行口座の保有者が共通のサービスを利用できる方向性が望まれる。

国内銀行がキャッシュレス化と金融インフラの効率化という流れに日本の消費者を巻き込んでいくためには、金融業界や流通・小売業者と協働して新しく使いやすい決済インフラの仕組みを作り上げていくことはもちろんだが、現金利用よりもデビットカードやモバイル決済の利用にメリットが感じられるようなサービスも併せて提供していくことで、キャッシュレス化を進めていくべきだと考える。
 
1 「我が国のキャッシュレス化推進に向けたJ-Coin構想について」(みずほフィナンシャルグループ デジタルイノベーション部、2018年1月23日)
2日本のキャッシュレス化について考える」(ニッセイ基礎研究所、2018年7月10日)などを参照されたい。
3 "The Global Findex Database 2017 Measuring Financial Inclusion and the Fintech Revolution," World Bank Group
4 「最近のデビットカードの動向について」(決済システムレポート別冊シリーズ、日本銀行決済機構局、2017年5月)
 
 

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金融研究部   金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任

福本 勇樹(ふくもと ゆうき)

研究領域:

研究・専門分野
金融・決済・価格評価

経歴

【職歴】
 2005年4月 住友信託銀行株式会社(現 三井住友信託銀行株式会社)入社
 2014年9月 株式会社ニッセイ基礎研究所 入社
 2021年7月より現職

【加入団体等】
 ・日本証券アナリスト協会検定会員
 ・経済産業省「キャッシュレスの普及加速に向けた基盤強化事業」における検討会委員(2022年)
 ・経済産業省 割賦販売小委員会委員(産業構造審議会臨時委員)(2023年)

【著書】
 成城大学経済研究所 研究報告No.88
 『日本のキャッシュレス化の進展状況と金融リテラシーの影響』
  著者:ニッセイ基礎研究所 福本勇樹
  出版社:成城大学経済研究所
  発行年月:2020年02月

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