政府は「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を作成・公表するなど、今後、副業をより普及させることを考えているものの、課題はないだろうか。本稿では今後の課題として次の四つの項目を考えてみた。
まず、労働時間の管理である。労働基準法38条では「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」と定めており、2社に雇用されて働く場合、労働時間を通算して扱うことになっている。例えば、A社で平日8時間働いている加藤さんが、B社で土曜日に6時間働くと、加藤さん1週間の労働時間はA社とB社で働いた時間を通算した46時間になる。これは法定労働時間である40時間を越えているものの、B社が労使間で労働基準法第36条第1項、いわゆるサブロク協定を締結していれば、B社での勤務時間は時間外労働として認められる。但し、この場合、B社は加藤さんに時間外労働に対する割増賃金を支払う義務がある。
2番目の課題としては、社会保険の扱いが挙げられる。政府は、2016年10月から短時間労働者に対する厚生年金や健康保険の適用対象を拡大
4して、非正規職の社会安全網を強化する政策を実施しているものの、このような政策が保険料の負担を回避しようとする一部の企業と労働者に悪用される恐れがある。例えば、労働者が社会保険に加入するためには、労働時間などの基準を満たす必要があるものの、一部の企業では社会保険への加入を避ける目的でアルバイト社員の勤務時間記録を改ざんしている。
今後、副業が奨励され、労働者の副業が複数に及んだ場合、労働者の勤務時間を把握することがさらに難しくなり、社会保険への加入を回避する企業や労働者が増える可能性が高まると考えられる。雇用保険と社会保険の適用対象は次の通りである。
※健康保険や年金の適用対象
(1)1週間の所定労働時間が20時間以上であること。
(2)31日以上引き続き雇用されることが見込まれること。
※社会保険の適用対象
(1)1日または1週間の労働時間および1カ月の所定労働時間が通常の労働者の4分の3以上であること。
(2)一般社員の所定労働時間および所定労働日数が4分の3未満であっても、以下の1) ~5) の要件をすべて満たす短時間労働者であること。
1) 一週間あたりの決まった労働時間が20時間以上であること。
2) 1カ月あたりの決まった賃金が88,000円以上であること。
3) 雇用期間の見込みが1年以上であること
4) 学生でないこと
5) 以下のいずれかに該当すること
-従業員数が501人以上の会社(特定適用事業所)に働いていること
-従業員数が500人以下の会社で働いていて、社会保険に加入することについて労使で合意がなされていること(2017年4月から対象拡大)
社会保険と関連しては、労働者にとっても注意すべき点がある。まずは社会保険の加入のことである。例えば、労働者が2ヶ所以上(複数)の会社から給与をもらっている場合には、勤務時間によりそれぞれの会社で社会保険に加入する義務が発生するので、雇用保険や社会保険の加入基準を確認して、加入すべきかどうかを確認する必要がある
5。
また、労災保険の場合、副業先での事故は補償が少ない点に気をつける必要がある。つまり、労災保険の補償金は基本的に労働者の平均賃金を元に算出される。従って、副業先での平均賃金が少なければ少ないほど補償金も少なくなる。
3番目の課題は、長時間労働である。副業は労働者の労働時間管理を難しくし、長時間労働や健康状態の悪化に繋がる恐れがある。更なる問題は会社に申告せず副業に従事する「闇副業」の存在である。最近は、Youtubeのような動画配信サイトに動画を配信したり、自分のブログやホームページ等に広告を掲載することで収入を得ている人も増えている。彼らの中には確定申告の義務を知らない人もいるだろう。ITの発達が長時間労働に繋がらず、副業の普及に寄与できるようにするためには、彼らの労働時間が把握できる仕組みを整備するとともに、ユーチューバーなどが申告漏れなく確定申告ができるように広報活動を強化するなどの工夫も必要である。
4番目の課題は、情報漏洩のリスクである。企業の多くが、情報漏洩を懸念して副業を禁止しているのが現状である。経団連の榊原会長が昨年12月18日の定例記者会見で副業の普及に対して「各社の判断でやるのは自由だが、経団連が旗を振るものではない」と断言した大きな理由は情報漏洩のリスクである。従って、今後副業を普及させるためには情報漏洩に対する予防・対策も同時に行われる必要がある。
政府が副業の普及促進を推進した影響もあり、最近ではコニカミノルタやDeNA,そしてソフトバンクなど日本を代表する企業で相次ぎ副業を容認しており、今後副業は少しずつ企業や労働者に拡大されると予想される。但し、上述したように折角の制度改革が社会保険への加入回避、長時間労働、労働者の健康悪化等の思わぬ結果に繋がらないように、今後、更なる労働時間管理の徹底を図る必要があるだろう。
4 改正前は、一週間あたりの決まった労働時間が30時間以上の労働者が適用対象であった。改正後の適用対象は、一週間あたりの決まった労働時間が20時間以上、1カ月あたりの決まった賃金が88,000円以上、雇用期間の見込みが1年以上である労働者に拡大された(学生は適用除外)。
5 副業をする労働者の社会保険料の負担の仕組みは次の通りである。→ (1)副業をする労働者は、本業の会社を管轄する年金事務所に「健康保険・厚生年金保険 被保険者所属選択・二以上事業所勤務届(略して二以上勤務届)」を提出する必要がある。→ (2)その後、年金事務所は、本業の会社と副業の会社の給与の金額を合算して社会保険料を計算し、会社ごとの標準報酬月額に合わせて、本業の会社と副業の会社の支払額を決定する。→(3)年金事務所はそれぞれの会社に社会保険料の金額を通知する。→ (4)会社と副業をする労働者は通知された保険料を納付する。