(1)米国の医療保障体系
米国には、65 歳以上の高齢者と障害者を対象とするメディケア(Medicare)、低所得層を対象とするメディケイド(Medicaid)という公的医療保険があるが、65歳未満で一定以上の所得がある一般の人々向けの公的医療保険は存在しない。そのため、ほとんどの米国民にとっては民間の医療保険会社が提供する医療保険が唯一の医療保障獲得手段となっている。
メディケア、メディケイドは、公的な医療保険であるが強制加入ではない。
【メディケア】
メディケアは高齢者用の公的医療保険である。65歳以上の米国市民もしくは永住者が対象となる。運営主体は連邦政府である。
メディケアはパートAからパートD までの4つのパートで構成される。
パートAは医療施設への入院費用を保障するもの。本人または配偶者がメディケア税を納め終わると、65歳で自動的にパートAに加入できる。この場合、保険料は無料である。ただし税の支払い期間が少ないなど要件未達の場合には、月々の保険料を支払う必要がある。
パートBは診療費を保障するもの。加入者は収入に応じた保険料を支払う。パートA加入者の大多数がパートBにも加入している。
パートAとパートBに加入することにより総医療費の70%~80%が保障される。ちなみに残る自己負担分を保障する民間保険商品はメディギャップまたはサプリメンタルと呼ばれる。
パートCは、認可を受けた民間医療保険会社がメディケアの保障を代替するプランである。メディケアアドバンテージという商品名で呼ばれる。メディケアアドバンテージに加入すれば、保険会社が契約を結ぶ医療ネットワーク内でパートAとパートB相当の保障を受けることができる。また次のパートD相当の処方箋薬の保障も含むものが多い。
パートDは処方箋薬を保障するもの。これも民間医療保険会社の商品に加入する形をとる。保険料は平均月20~50 ドル程度である。
【メディケイド】
メディケイドは低所得者対象の公的医療保険である。一定収入以下の米国市民、永住者を対象とする。保険料の支払いは不要で、全額公費で賄われる。運営主体は州政府であるが、その財政は州の予算だけでは足りず連邦からの補助が前提となっている。連邦政府は州が補助を受けるために満たさなければならないガイドラインを定めている。各州がこれを遵守することによって、メディケイドのレベルが全米で担保される。ただし実態的には州ごとに制度の格差が大きい。
受給資格者の要件等も州ごとに異なるが、加入資格を得るには世帯収入や保有資産等の厳しい条件を満たさなければならない。
(2)各医療保険への米国民の加入状況
前ページグラフ2の下段にある通り、2015年の民間医療保険への加入率は67.2%である。民間医療保険の内訳を見ると(重複加入はあるが)、勤務先で提供される団体医療保険(グラフ中の雇用主提供団体保険)に加入している人が55.7%、個人で購入した医療保険に加入している人が16.3%いる。民間医療保険会社は医療機関と契約を結んでネットワークを形成しており、それぞれの保険商品ごとにネットワーク内で利用できる病院、医師、薬局などが定められている。
米国には、努力したものが報われる一方で努力なきものは救済されないとする「自由と自助の精神」を尊ぶ風潮がある。医療保障も例外ではなく、連邦、州の介入は出来る限り排除されてきた。しかし現実問題として医療保障は必要である。そこで妥協的に、政府と個人の中間にある勤務先企業が保険会社と団体医療保険を締結して従業員およびその家族に医療保障を提供するようになり、米国の人々の医療保障獲得方法として中心的な役割を担うようになった。
メディケイド、メディケアの対象要件を満たさない人のうち、従業員に医療保障を提供する体力のない中小企業の従業員・家族、自営業者、65歳未満の早期退職者、無職者等は自力で個人契約の民間医療保険を手当てしなければならない。しかし、勤務先からの補助のない個人契約の医療保険に加入するには相応の資力が必要である。
その結果、メディケイドに加入するほどには困窮していないが、所得が少ない人々は無保険者として医療保障の体系からはじき出されることとなる。これが米国における深刻な社会問題となった。
無保険者問題を解決するため実施されたオバマケアで、オンライン医療保険加入サイトであるエクスチェンジが開設され(後述)、従来の無保険者がエクスチェンジで販売されている個人医療保険に加入するようになって、個人医療保険の加入率が高まって来ている。
高齢化の進展によりメディケア加入者が増加し、経済情勢の悪化とオバマケアによる加入要件の緩和(後述)によりメディケイドの加入者が増加したことを受けて、公的医療保険への加入率は2000年代を通じて上昇し、2015年には37.1%に達した。
それらを受け、オバマケアの目的の1つであった無保険者率の縮小は一定の成果を挙げた。2015年末の無保険者率は9.1%である。
既に見たようにメディケアには民間保険のプランを利用する制度もある。また、州政府がメディケイドの運営を民間医療保険会社に委託することも多い。このような形で、米国においては民間医療保険会社がさまざまな場面で国民の医療保障を支えるようになっており、近年、その役割はますます大きなものになってきている。
2――オバマケアの制度概要