英国では前回15年の総選挙時点よりも、メイ首相率いる与党保守党と最大野党の労働党との支持率の差は開いている(表紙図表参照)。保守党は、前回15年の総選挙で、事前の予想を裏切る形で330議席と単独過半数を確保、自由民主党との連立を解消した。今年5月4日のイングランド、ウェールズ、スコットランドの88自治体の計4851議席を争った地方選でも、保守党は568議席増の1899議席を獲得するなど圧勝した(労働党は382議席減の1152議席)。6月総選挙では地滑り的な勝利も予想される。
英国は、今年3月29日にEUに離脱意思を通知しており、次期政権はEU離脱という歴史的なプロセスに責任を負うことになる。選挙結果が、EU離脱戦略に、どう関わってくるのかが、やはり、最大の焦点だ。
保守党優位の情勢から考えると、EU離脱はメイ政権が今年2月に公表した離脱白書
(注1)で示した「単一市場からも関税同盟からも離脱」し、「包括的な自由貿易協定(FTA)と関税協定を含む深く特別な関係」へと移行する「ハードな離脱」の可能性が最も高い情勢は変わらない。
保守党が今月18日に公表したマニフェスト(政権公約)では、「メイ首相率いる保守党の強く安定的な政権のみが、英国にとって最善の離脱交渉の結果を得ることができる」と支持を呼び掛けるが、EU側の離脱協議への基本姿勢はすでに固まっており
(注2)、保守党の議席の増減で変わることは考え難い。
そもそも英国にとって「ハードな離脱」が最善の選択肢かどうかも、何を英国の国益と考えるかによって異なる。「ハードな離脱」は、移民のコントロール権、EUに拠出してきた財源、立法・司法の権限、通商交渉の権限を取り戻すための選択だ。これらの領域での主権の回復が、英国に隣接し、輸出や対外直接投資の相手先として4割を占めるEU市場へのアクセスの条件が現在よりも悪化することよりも重要と考えるかどうかによる。通商交渉の権限を取り戻し、域外とのFTA交渉の自由度が増すことで、「ハードな離脱」のコストを埋め合わせることは、離脱派が主張するほどは容易ではないと考えられている。
保守党はマニフェストで、EU離脱から新たなFTAに基づく関係への「円滑で秩序立った」移行を掲げるが、「悪い協定であれば協定なしの離脱の方が良い」ともあり、協定なしの無秩序な離脱のリスクも排除できない。この文言は、メイ首相が初めて単一市場からの離脱の方針を公式に明言した1月のランカスター・ハウス演説
(注3)に盛り込まれ、波紋を呼んだ。3月29日のEUへの離脱通知にこそ入れられなかったが、マニフェストで復活した。総選挙後に本格的に始動するEUとの協議は、英国の要望とは異なり、離脱協定が先、FTA協定が後、しかも、離脱前のFTA協議は、あくまでも準備協議という順序となる。FTAの協議に漕ぎ着けられるかどうかにも不安があるし、離脱からFTA協定がまとまるまでの期間、激変を回避するための「移行協定」でカバーされるかもはっきりしない。EU側は、「移行協定」締結の準備はあるが、移行協定に付随するEU予算への拠出やEU法規制の適用といった義務を英国が受け入れられるかどうかの問題がある。
(注1)HM Government(2017) "The United Kingdom’s exit from and new partnership with the European Union", February 2017
(注2)EU側の英国の離脱交渉に関する基本スタンスについては、6月5日公表予定の年金ストラテジーVol.252(2017年6月号) 「英国政府の要望を退けた欧州連合(EU)の離脱交渉方針 」をご参照下さい。
(注3)ランカスター・ハウス演説については、Weeklyエコノミスト・レター20170120号「メイ首相が目指すのはハードな離脱なのか?」をご参照下さい。
(http://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=54843?site=nli)
総選挙の結果が離脱撤回やスコットランドの独立につながる可能性はない