人手不足はどこまで深刻なのか

2017年04月14日

(斎藤 太郎) 日本経済

●人手不足はどこまで深刻なのか

雇用情勢は着実な改善を続けている。失業率は完全雇用とされる3%程度での推移が続いていたが、2017年2月には2.8%と1994年12月以来22年2ヵ月ぶりの2%台まで低下した。また、有効求人倍率は2013年11月以降、求人数と求職者数が一致する1倍を上回り続けており、2017年2月には1.43倍と約25年ぶりの水準まで上昇した。
日銀短観2017年3月調査では、全規模・全産業の雇用人員判断DI(過剰-不足)が▲25となり、バブル崩壊直後の1992年以来のマイナス幅となった(図1)。宿泊・飲食サービス、小売、運輸・郵便など労働集約的な業種が多い非製造業、人材の確保が難しい中小企業の人手不足感が特に高くなっている。

こうした中、スーパーや百貨店の営業時間短縮、ファミリーレストランの24時間営業の取りやめ、宅配業者のサービス縮小などが相次いだこともあり、ここにきて人手不足が日本経済の制約要因となりつつあるとの見方も増えている。
(労働需要の強さが人手不足の主因)
人手不足は労働市場の需要が供給を上回る状態を示すため、需要の拡大によって生じる場合と供給力の低下によって生じる場合がある。

実際、労働市場の需給バランスを表す指標である失業率や有効求人倍率は、労働供給力が減少すれば労働需要が強くなくても指標が改善することがある。たとえば、「失業者=労働力人口-就業者」で表され、就業者が増加すれば失業者が減少することは言うまでもないが、労働力人口が減少しても失業者は減少する。実際、失業者は2009年7-9月期の359万人(季節調整値)をピークに8年近くにわたって減少を続けているが、2013年初め頃までは高齢化の進展や職探しを諦める人の増加によって労働力人口が減少していたことが失業者の減少をもたらしていた。
しかし、その後は就業者が増加に転じ、失業者減少の主因が労働力人口の減少から就業者の増加に変わってきている。2016年10-12月期の失業者数は204万人とピーク時から156万人減少したが、この間に労働力人口は35万人増加しており、このこと自体は失業者の増加要因となる。しかし、就業者が188万人増加したため、失業者が大幅に減少したのである(図2)。
また、就業者数の伸びは自営業主、家族従業者が長期にわたって減少を続けていることによって抑えられているが、労働需要の強さをより敏感に反映する雇用者数の伸びは高い。2012年10-12月期を起点とした今回の景気回復局面における雇用者数の増加ペースは1990年以降では最も速くなっている(図3)。

さらに、内閣府の「企業行動に関するアンケート調査」によれば、今後3年間の雇用者数の見通しは、2013年度調査から4年連続で増加率を高めており、2016年度調査では2.5%となった。実質経済成長率、業界需要の実質成長率の見通しが1%前後でとどまる中、雇用者数の見通しの強さが際立っている(図4)。このことも企業の採用意欲の高さ、労働需要の強さを示したものといえるだろう。
(労働力人口は見通しから大きく上振れ)
日本は少子高齢化が進む中ですでに人口減少局面に入っており、人口動態面から労働供給力が低下しやすくなっていることは確かだ。生産年齢人口(15~64歳)は1995年をピークに20年以上減少を続けており、団塊世代が65歳を迎えた2012年以降は減少ペースが加速している。しかし、生産年齢人口の減少が労働力人口の減少に直結するわけではない。労働力人口は生産年齢人口に含まれない65歳以上の人がどれだけ働くかによっても左右されるためだ。
労働力人口は1990年代後半から減少傾向が続いてきたが、2005年頃を境に減少ペースはむしろ緩やかとなり、2013年からは4年連続で増加している(図5)。15歳以上人口の減少、高齢化の進展が労働力人口の押し下げ要因となっているが、女性、高齢者を中心とした年齢階級別の労働力率の大幅上昇がそれを打ち消す形となっている。少なくとも現時点では労働力人口の減少が経済を下押しする形とはなっていない。

団塊世代が2007年に60歳に到達することが意識され始めた2005年頃から、労働力人口の大幅減少を懸念する声が急速に高まった。しかし、65歳までの雇用確保措置を講じることが義務付けられた「改正高年齢者雇用安定法」が2006年4月に施行されたこともあり、2007年以降に団塊世代が一気に退職するような事態は起こらなかった。高齢者の継続就業とともに女性の労働参加拡大が進んだことも労働力人口の減少に歯止めをかける形となった。
10年前の2007年12月に公表された厚生労働省の雇用政策研究会の報告書1では、2017年の労働力人口は「労働市場への参加が進まないケース2」で2006年と比べ440万人減少、「労働市場への参加が進むケース3」でも101万人減少すると見込んでいた。当時は筆者も含めほとんどの人は労働力人口が減少すること自体は避けられず、急速な減少に歯止めをかけることが課題と考えていた。

しかし、実際の労働力人口は予想を大きく上回り、2016年には6,673万人と2006年の6,664万人から9万人の増加となった(図6)。「労働市場への参加が進まないケース」の見通しと比較すると2016年の労働力人口は400万人以上も多い。さらに、「労働市場への参加が進むケース」の見通しと比べても100万人程度上回っている4

なお、実質経済成長率の想定(2006~2017年の年平均)は、「労働市場への参加が進まないケース」で0.9%程度、「労働市場への参加が進むケース」で2.1%程度となっていたが、実際の実質経済成長率(2006~2016年の年平均)は0.5%である。経済成長率は当時の想定を大きく下回っているにもかかわらず労働市場への参加が予想以上に進んだことになる。
 
1 「すべての人々が能力を発揮し、安心して働き、安定した生活ができる社会の実現」~本格的な人口減少への対応~
2 「労働市場への参加が進まないケース」は、性・年齢別の労働力率が2006年実績と同じ水準で推移すると仮定したケース
3 「労働市場への参加が進むケース」は、各種の雇用施策を講ずることにより、若者、女性、高齢者等の労働市場への参加が実現すると仮定したケース
4 ただし、雇用政策研究会の報告書では2017年、2030年の見通しのみ示されているため、その間の年は線形補完した数値を用いて比較した

経済研究部   経済調査部長

斎藤 太郎(さいとう たろう)

研究領域:経済

研究・専門分野
日本経済、雇用

経歴

・ 1992年:日本生命保険相互会社
・ 1996年:ニッセイ基礎研究所へ
・ 2019年8月より現職

・ 2010年 拓殖大学非常勤講師(日本経済論)
・ 2012年~ 神奈川大学非常勤講師(日本経済論)
・ 2018年~ 統計委員会専門委員

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