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世界的な顧客企業の信頼を勝ち得るサポーティングインダストリー
(1)燕市の東陽理化学研究所および金属研磨職人の事例
オンリーワンのものづくり基盤技術を有する匠の中小企業の中には、世界の大手メーカーからの発注が舞い込む事例もある。例えば、米アップルの携帯音楽プレーヤー「iPod」(2001年11月発売)
10の背面のステンレス製ボディー(筐体、外装)の鏡面仕上げを支えたのは、新潟県燕市の地場の金属研磨職人の卓越した研磨技術であったことは有名な話である。この事例を少し詳細に見てみよう。
当時アップルから筐体製造の発注を受けたのは、同市に本社を置く中小企業、東陽理化学研究所(以下、東陽社)だった。1950年に国内初のステンレス電解研磨専門企業として発足した同社は、非鉄金属加工において世界トップレベルの優れた表面加飾技術とハイレベルな品質管理を有し、金型設計からプレス、溶接、組立、表面処理、完成品までを一貫生産ラインによって製造する金属加工の総合メーカーであり、アップルの有力なサプライヤーの1社としての地位を確保し続けている。
東陽社は、自社でプレス加工と付属品のスポット溶接によりiPodの筐体を形づくり、燕研磨工業会に所属する磨き職人が下請けとしてそれを一つ一つ手作業で磨き上げる分業体制を01年に構築したという
11。iPodは言うまでもなく大ヒットし、この分業体制では人手不足となり、東陽社は05年に中国に新工場を立ち上げ、ステンレス筐体の生産を本社工場から移管し、労働集約型の研磨工程も約2年をかけてすべて中国に移管されたという
12。
東陽社のアップルとの最初の取引は、前述のiPodの筐体供給ではなく、ノートPC「PowerBook G4」(2001年1月発表)のチタン製外装の供給だった。アップルが当時開発中のPowerBook G4の厚さを1インチ(25.4ミリ)に抑えるために、薄い金属を加工できる会社を世界中で探し求めていた中、当時のインダストリアルデザイン担当上級副社長のジョナサン・アイブ氏
13(現Chief Design Officer(CDO、最高デザイン責任者))の目に留まったのが、自らが愛用していたカメラのチタン外装だったという
14。アップルは、その製造元を求めて世界中を探し回り、当時内外のほぼすべてのカメラメーカーからチタン外装を請け負っていた東陽社にたどり着き、98年頃に担当役員が開発中のノートPCの設計図を携えて東陽社を訪れたという
15。
東陽社は、アップルからの厳しい要求にきっちりと応えて、PowerBook G4のチタン製外装を供給したことを契機に、アップルからの信頼を勝ち取り、前述のiPodの筐体などその後の大口受注につながっていった。PowerBook G4に関わる取引のきっかけ、すわなち東陽社のアップルとの出会いは、まさにセレンディピティ(serendipity)であったと言えよう。
その後、日本有数のアルミ総合メーカーである日本軽金属が、2013年に東陽社の23.6%の株式取得により、同社に資本参加したのに続き、15年には28%の株式買い増しにより、同社を子会社化した。日本軽金属による東陽社の買収は、サプライヤーとしての東陽社に対するアップルからの高い評価、すなわちアップルのサプライヤーに対する目利き力の的確さの一端を証明していると見ることもできるだろう。
(2)日本の中小企業の技術を探し当てるアップルの目利き力と気概
アップルは、部品調達や生産委託を行う主要な取引先を「サプライヤーリスト(Supplier List)」
16として2012年から毎年公表しているが、その2016年版(15年実績、16年2月発表)を見ると、日本企業が41社掲載されており、そのうち4社が中小企業である。その4社とは、前述の東陽理化学研究所
17の他、熱対策ソリューションや防水・複合成形商品(コネクタ、ユーザー・インターフェース等)を手掛けるポリマテック・ジャパン(本社所在地:埼玉県さいたま市)、液晶パネルやLEDなどに用いられる各種光学フィルムを手掛けるツジデン(同:東京都杉並区)、アルミニウム展伸材のプレスなどを手掛ける錢屋アルミニウム製作所(同:大阪府池田市)である。
アップルへの供給拠点としては、ポリマテック・ジャパンは中国・上海市に立地する事業所1か所、東陽理化学研究所は中国・江蘇省昆山市に立地する事業所4か所、ツジデンは長崎県に立地する事業所2か所、錢屋アルミニウム製作所は中国・広東省東莞市に立地する事業所3か所および同・深圳市に立地する事業所1か所が各々掲載されている(図表3)。
また、アップルは16年8月に発表した「日本におけるAppleの雇用創出」と題したリリース資料の中で、密接なパートナー関係を築いてきた日本のサプライヤー事例として4社を挙げており、大企業の京セラの他、スマートフォン用マイクロレンズユニットなどを手掛ける中堅企業のカンタツ(本社所在地:栃木県矢板市)、スマートフォンなどに使用されるタッチパネル用インキなど各種印刷用インキを手掛ける中小企業の帝国インキ製造(同:東京都荒川区)、自動車、デジタル家電、スマートフォンなどに用いられる合成樹脂塗料を手掛ける中小企業のカシュー(同:埼玉県さいたま市)を挙げている(中堅・中小企業3社はいずれも非上場)。