8|今後の方向性
以上のように、英国の影響力が失われていった場合、ソルベンシーIIが、その目指していた方向とは異なる、より「非経済的」な方向へとシフトしていくことも想定されることになる。
その是非はともかくとして、英国の監督当局や保険会社の観点からは、これまでにソルベンシーIIの導入に向けて費やしてきた時間やコストを考慮すれば、ソルベンシーIIがどのような方向に向かおうとも、基本的には、Brexit後もこれと大きく異なる方向への転換は考えにくいものと思われる。
Grant Thornton によって10月に公表された、ソルベンシーIIに対する評価に関して、英国保険会社の上級経営幹部に対して行った市場調査の結果
7によれば、その主要な知見の抜粋は、以下の通りとなっている。
(参考)ソルベンシーIIに対する英国保険会社の評価-Grant Thornton調査結果-
・1/4のみが、ソルベンシーIIは事業を行う上での明らかに最良の方法であると信じている。
・90%以上が、ソルベンシーIIの原則は良いが、殆ど70%がこれらの原則は実施によって台無しにされている、と考えている。
・2/3がソルベンシーIIはあまりにも複雑であると考えている。
・17%だけが、ソルベンシーIIは努力する価値があったと感じた。これは、2014年の調査結果の1/3にすぎない。
・9%だけがソルベンシーIIのコストは合理的であると感じている。
・70%以上がソルベンシーIIによって達成された価値はコストを正当化できない、と感じている。
一方で、
・80%近くが、ソルベンシーIIは会社のガバナンスを改善したと信じている。
・3/4が新しい制度は会社のリスク管理に改善をもたらした、と考えている。 繰り返しになるが、英国の位置付けがどのような形になろうとも、EUの同等性評価の問題等も考慮すれば、今後ともかなりの程度ソルベンシーIIとの整合性を維持していかざるを得ないものと思われる。
このように、ソルベンシーIIに対する英国保険会社の評価は、決して高いものではない。
その意味で、一部には、EUでの英国の位置付けの低下が避けられないのであれば、今後は、EUレベルではなくては、より広範な市場をカバーする形になるIAIS(保険監督者国際機構)におけるICS(保険基本基準)の検討交渉により資源を集中させていくべき、との意見もあるようである。英国式アプローチを世界に認めさせて、世界レベルからEUのソルベンシーIIにプレッシャーを与えていこうとする戦略である。ただし、米国式アプローチとの差異を考慮すれば、これも相当難しいものと考えられる。
これまで述べてきたように、Brexitの動向は、英国抜きのEUにおける規制のあり方に対する議論に影響を与えることを通じて、英国以外のEU諸国にも大きな影響を与えていくことになる。
BrexitやBrexit後の英国の位置付けがどのような形になっていくのか、それによってソルベンシーII制度のレビューの検討がどのような方向に向かっていくのか、という点については、世界の保険業界にとっても大変重要な関心事であり、今後とも眼が離せない。