救急医療は、端的に言えば、救命を目指している。そのためには、心肺をいかに蘇生させるか、が主要なテーマとなる。本章では、心肺停止と、その蘇生法について、見ていくこととしたい。
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1|心停止と呼吸停止は連鎖して、心肺停止に至る
救急医療において、人が死に至る前の段階として、心肺停止がある。心肺停止とは、心停止と呼吸停止が、同時に生じている状態を指す。これに対し、心停止と呼吸停止のどちらかが生じている状態を心肺機能停止状態という。次の通り、心肺機能停止状態は、やがて心肺停止に至る、とされている。
- 心停止が起きると、脳への血流が止まり、15秒程度で意識が消失する。その際、脳の延髄にある呼吸中枢も機能停止するため、1分で呼吸停止に至る。
- 逆に、呼吸停止が起きると、肺への酸素の流入がストップする。すると、心臓から肺への血流の循環(肺循環)を通じた血液への酸素の取り込みができなくなる。その結果、心臓から全身への血流の循環(体循環)を通じた、全身への酸素の供給が止まり、身体にある酸素が徐々に減少する。呼吸停止が、5~12分続くと、心停止となる。
2|心肺蘇生法を施すことで、救命率は大きく向上する
心肺停止は、死に至るため、救命のために、できるだけ早く心肺蘇生法を行うことが必要となる。蘇生ガイドライン
26によれば、心肺蘇生法は、AEDを用いた除細動や、窒息をきたしている気道異物の除去とともに、一次救命処置(BLS
27)の1つとされている。BLSは、現場に居合わせた人(バイスタンダー)も行う、基本的な心肺蘇生法である。心肺停止の傷病者にBLSを行い、病院での二次救命措置(ALS)や、心拍再開後の集中治療につなげる必要がある。BLSは、胸骨圧迫(心臓マッサージ)、気道確保、人工呼吸からなる
28。以下、注記25の文献を参考に、それぞれの処置の内容を、簡単に見ていこう。
(1)胸骨圧迫(Chest compression)
成人の場合、胸骨圧迫は、手掌基部(手の根元)で、胸の中央部を5~6 cm沈むように圧迫する
29。胸骨圧迫は、1分間に100~120回のテンポで行う。胸骨圧迫を行う度に胸を元の位置に戻し、圧迫と圧迫との間で力を入れたり、もたれかかったりしないことが、ポイントとされている。AEDによる電気ショックとあわせて、心臓の機能を維持するための重要な方法となる。
(2)気道確保(Airway)
気道確保は、意識障害に伴う舌根沈下のケースで行われることが多い。餅などを喉に詰まらせたり、アナフィラキシーショックでの喉頭浮腫などでも見られる。通常、腹部突き上げ法(ハイムリック法)、胸部突き上げ法、背部叩打(こうだ)法といった各種の方法が、組み合わせて行われる、とされている。
(3)人工呼吸(Breathing)
人工呼吸は、呼気を口に吹き込む口対口人工呼吸や、鼻に吹き込む口対鼻人工呼吸が行われる。感染症の防止のために、直接口が接触することを避けるためのフェイスシールドがあり、徐々に普及している。なお、人工呼吸時などの、胸骨圧迫の中断時間は、10秒を超えないことが求められる。
心肺蘇生法は、胸骨圧迫30回と、人工呼吸2回を組み合わせて、繰り返し行う。AEDが到着すれば、ただちに装着して、機器の音声指示に従う。AEDの電気ショックが行われた場合や、電気ショックが必要でなかった場合には、その後ただちに胸骨圧迫から再開する。心肺蘇生法は、救急隊に引き継ぐか、もしくは、傷病者に普段どおりの呼吸や、目的のある仕草が認められるまで続ける必要がある。
心停止かどうか判断に迷う場合、自信が持てない場合であっても、心停止でなかった場合を恐れずに、直ちに心肺蘇生法とAEDの使用を開始することが重要とされる。これらを普及させるため、一般市民向けに、消防署等で救命講習が開催されている。そこでは、心肺蘇生法やAEDを用いた除細動などの実技講習が行われている。累計受講者数は、東京都の場合、2010年までに21.9万人となっている
30。心肺蘇生法等について、一般市民への更なる普及が望まれる状況と言える。
次の図表に示すように、バイスタンダーによるBLSがなされた場合は、なされなかった場合に比べて、救命率が2倍以上高い、との海外の研究結果もある。