ロンドン2012大会 文化オリンピアードを支えた3つのマーク

東京2020文化オリンピアードを巡って(1)

2016年07月11日

(吉本 光宏)

Existing and incidental commercial branding(既存のあるいは偶然の商業広告)]
インスパイア・マークは大会スポンサー以外のいかなる商業的な行為とも無関係でなければならないが、以下の二つの原則が守られていれば、イベント会場などの既存の広告や偶然の宣伝までをも撤去する必要はない、とされている。
  • 目立たない広告や宣伝で、当該事業やイベントとの関係が認められないこと
  • 広告や宣伝が、インスパイア・マークや他の競技大会に関連する事項と十分に離れていて、明確に分離されていること
     
このことについて、完璧なルールを提供することは困難で、実際にはケース・バイ・ケースで検討されたようだが、ガイドラインでは認められる場合とそうではない場合について、イラスト付で次のような具体例が示されている。
 
  • 広場などの公共スペースでイベントを開催する場合、既存の屋外広告があってもそれがあまり目立たなければ問題ないが、会場に大型の広告掲示板があったり、宣伝のメッセージやアナウンスが行われたりする場合は認められない(図表3)。
     
  • 大型の広告板が掲示された会場は基本的に使用すべきではないが、例えば当該イベントがスタジアムの一室で行われ、適切な予防対策を講じることができれば許可される可能性がある。
     
  • スポーツイベントなどで、器具やボールに通常のメーカーのロゴが付いている場合は問題ないが、イベントでの企業名の露出を目的に器具類の提供を受けることは認められない。
     
  • イベントへの参加者がそろって使用するユニフォームや衣裳、小道具などには目立った商標や広告があってはならない。
     
  • イベントの賞品の説明の中に商品名が記載されていたり、粗品にメーカー名が記載されていても、それが商業的な広告を意図するものでない場合は問題ないが、イベントに関連づけて商品やビジネスの露出を行うことは認められない。
3インスパイア・プログラムの資金調達や後援について
このガイドラインでは資金調達や後援(recognition)についても指針が示されている。それによれば、インスパイア・プログラムに認証された事業やイベントが、非営利団体からの資金調達や後援を得ることは認められている。ここでいう非営利団体は、公的な団体(地方公共団体等)や国営宝くじ基金からの助成金、営利団体と直接的なつながりのない財団や基金(つまり、民間企業の名前を冠した財団や基金は対象外だと思われる)が該当する。

また、事業やイベントを実施するためにデザイン会社や印刷会社、ケータリング会社などの第三者の協力を得ることは可能だが、それらの企業もライセンス契約の内容を遵守しなければならない。

もちろん、当該事業やイベントが大会スポンサーから資金提供を受ける場合は、大会スポンサーの企業名やロゴを掲示することが可能である。
 
4インスパイア・プログラムの具体例――コミュニティ・ゲームズ
こうしてインスパイア・マークのガイドラインを整理してみると、ルールにがんじがらめで、決して使い勝手が良いとは思えない。しかし実際には、4年間に6分野で2,700を越える事業やイベントがインスパイア・プログラムとして実施され、英国民の6人に1人に相当する1,000万人が参加した8。そのうちの4分の1は文化関係の事業への参加だったという調査も公表されている9

その代表例のひとつが、バーミンガムを中心都市とするウエスト・ミッドランズ地方でスタートし、全英に広がったコミュニティ・ゲームズだろう。これはレガシートラストUK10が地域プログラムのひとつとして支援し、インスパイア・プログラムにも認証されたものである。スポーツと文化活動を組合せ、開会式と閉会式を行う地域の参加型イベントで、2009年夏に7件のパイロット・イベントとして始まり、10年に29件、11年に190件と急速に拡大。12年にはソーシャル・アクション・ファンド(前述の「営利団体と直接的なつながりのない基金」に相当すると考えられる)から200万ポンドの資金を獲得して全国プロジェクトとなり、375件が実施された。4年間で延べ601件のイベントに44万人が参加したという11
小さな町や地域、自治会や職場でも気軽に実施できるようツール・キット(手引き書)が作成され(図表4参照、表紙にはインスパイア・マークが掲載されている)、1件当たり平均23人のボランティアが運営を支えた。ロンドン2012大会終了後、同じ名前の組織が設立され現在も活動は継続されている。

ウエスト・ミッドランズ地方では、4年間に1,000件近い文化オリンピアードの事業が実施されたが、そのうちの601件がこのコミュニティ・ゲームズだった。その記録資料12の巻末には、700を越える事業パートナーの名前が記載されている。そこには、文化施設や芸術機関、芸術団体に加え、ミッドランズ地方内の市町村、小中学校、高校、大学、ユースクラブ、子どもセンター、図書館、教会、ホスピス、テニスクラブ、ランニングクラブ、ボートクラブ、レジャーセンター、温泉ガイド等々、多種多様な団体が名を連ねており13、文化オリンピアードが、専門的な芸術機関から市民団体まで極めて幅広い組織や団体によって支えられたことがわかる。

このようにインスパイア・プログラムは、草の根の市民参加型の文化イベントを英国全土で展開するという点で大きな成果を残した。その際、ロンドン2012大会エンブレムと同様のデザインのインスパイア・マークが大きな役割を果たしたことは容易に推測できる。全国の小さな町や地域でも、自分たちが主催する事業のチラシや会場のバナーなどにロンドン2012大会のエンブレムと同じような公式マークを使用できることが、大きなインセンティブとなったと思われるためである。
 
 
8 DCMS, 2012 Games Meta Evaluation: Report 5 Post-Games Evaluation Summary Report, June 2013
9 Knight, Kavanagh and Page, London 2012 Olympic Games and Paralympic Games Inspire programme legacy survey: United Kingdom, February 2013
10 ロンドン2012大会のレガシーとなるような文化、スポーツ活動を支援することを目的に、ビッグ宝くじ基金、文化・メディア・スポーツ省、アーツカウンシル・イングランドからの4,000万ポンド(約68億円)の基金で2007年に創設された助成機関。オリンピック・パラリンピックの価値やビジョンに基づき、英国全土で幅広い文化事業を支援した。
11 Cultural Research Analyst, West Midlands Cultural Observatory, Cultural Olympiad in the West Midlands: An evaluation of the impact of the programme (2008-2012), Nov. 2012
12 Arts Council England, The Cultural Olympiad and London 2012 Festival in the West Midlands
13 厳密には、コミュニティ・ゲームズ以外の事業パートナーも含まれている。
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