上場企業のROEに黄信号-株主還元も大事だが、収益拡大期待を示すことが重要

2016年04月21日

(井出 真吾) 株式

■要旨

上場企業のROEが下がっている。15年度は目安の8%を下回り、16年度はさらに悪化する恐れも出てきた。自社株買いでROEを8%以上に回復させるのは難しく、投資家の期待を繋ぎ止めるには資本の有効活用が急務だ。

■目次

■上場企業のROEは低下傾向
■ROEの8%回復には、利益が横ばいでも30兆円の自社株買いが必要
■海外投資家の日本株離れを防ぐために

■上場企業のROEは低下傾向

■上場企業のROEは低下傾向

まもなく3月期決算企業の決算発表がピークを迎える。市場の最大の関心は2016年3月期(前期)実績の着地点、2017年3月期(今期)の業績予想および前提となる為替レートだろう。年明け以降の円高や世界経済の先行き不透明さが増したことで、今期の業績予想は厳しい内容になることが想定されるが、それでも赤字に陥ることはなさそうだ。ましてや前期は大幅黒字を確保したことは確実だ。
 
しかし、手放しでは喜べない問題がある。ROE(自己資本利益率)の低下だ。図1のとおり、東証1部上場企業のROEは13年度の9.2%をピークに、14年度は8.6%に低下した。15年度はまだ決算が出揃っていないが、予想利益ベースでは7.8%に下がる見込みだ。
利益は増えているのにROEが低下するのは、利益以上に自己資本が増加しているためだ。当期純利益は13年度の28.6兆円から15年度の30.9兆円まで7.8%増加する見込みだが、自己資本(期首時点)は26.7%増えた(312兆円→395兆円)。ROEを計算する分子(当期純利益)よりも分母(自己資本)のほうが膨らんだ結果、経済産業省がROEの目安として掲げる「8%」を割り込む皮肉な格好となる可能性が高い。
 
デュポン分解1でROE構成要素の変化をみると、13年度を基準に資産回転率が低下していることと、利益率が伸びていないことが目立つ。利益の内部留保や海外資産の評価額アップ等で総資産が増加したわりには売上高が増えていないことと、収益性が改善していないことがROE低下の原因だ。特に、利益率が横ばいとなっていることは、円安などで売上高が増えた分しか利益が増えていないことを意味しており、上場企業の収益力は外部要因で水増しされたに過ぎない可能性がある。
 
1 ROE=売上高利益率(当期純利益÷売上高)×資産回転率(売上高÷総資産)×財務レバレッジ(総資産÷自己資本)の式に基づいてROEを構成要素を分解する方法。
 

■ROEの8%回復には、利益が横ばいでも30兆円の自社株買いが必要

■ROEの8%回復には、利益が横ばいでも30兆円の自社株買いが必要

4月1日に発表された日銀短観では、16年度の経常利益がマイナス1.9%の減益予想となった(大企業製造業)。しかも、前提としている想定為替レートは1ドル=117円46銭で、足元では110円付近で推移していることから、減益幅は更に拡大するかもしれない。一方、大手証券会社の一部は5%程度の増益を予想している。
 
図3は16年度の増減益率(対15年度予想)と自社株買いの金額ごとにROEを試算したものだ。ここから、8%のROEを回復するには当期純利益が横ばいでも30兆円規模の自社株買いが必要なことがわかる。仮に10%減益となれば50兆円の自社株買いを実施してもROEは7.6%となる計算だ。逆に5%増益なら自社株買いは10兆円でもROEが8%に届く。
 
ただ、図4のように上場企業の自社株買いは増加傾向にあるものの、15年度で6.7兆円に過ぎない。ROE重視や株主還元を強化する流れは今後も続くと思われるものの、10兆円すらハードルが高いだろう。というのも、昨年夏以降、世界的経済の先行き不透明感の高まりや足元の円高で業績への懸念が増している。アベノミクスの限界説も流れる中、いずれ来るかもしれない業績悪化に備えるため、企業としては少しでも多くの現金を手元に置いておきたいと考えるはずだ。
 
市場と企業の認識ギャップも依然として大きい。生命保険協会が実施した最新の調査によれば、投資家の65.5%が自己資本は「余裕のある水準」と答えたのに対して、企業の60.0%は「適正な水準」と回答している(余裕があると回答した企業は24.1%)。投資家の多くは「自社株買いや配当で株主還元を強化して欲しい」と考えている一方で、企業は「株主還元に回す余裕は乏しい」と考えている様子が透けて見える。アンケートの回答には、投資家と企業の双方とも自らの正当性を主張するバイアスが多少含まれているとしても、企業が内部留保を数10兆円単位で還元するとは考えにくい。

■海外投資家の日本株離れを防ぐために

■海外投資家の日本株離れを防ぐために

たとえ利益が出ていても、ROEの低下は投資家にネガティブに映る可能性がある。特に、ROEを重視する傾向があるといわれる海外投資家の日本株離れが加速すれば、需給面でも株価には大きな下落圧力がかかる。
 
不要不急の内部留保を有効活用するために自社株買いでROEを改善させることは重要かつ有効な手段だが、図3で試算したように数10兆円にのぼる大規模な自社株買いは現実的ではなかろう。また、図3は増益を維持することの重要さを示唆している。アベノミクス初期のような2ケタ増益でなくとも、5%程度の増益でもROEが早期に8%を回復できる可能性が十分にある。
 
足元の為替レートが続いたら日本企業全体ベースで16年度に増益を確保するのは難しいかもしれない。それでも投資家の期待を繋ぎとめることはできよう。そのためには設備・人材・新規ビジネスなどへの投資を加速させることが欠かせない。こうした投資はすぐに成果に結びつくとは限らないが、(特に海外の)投資家に対して「ROE低下は一時的なものに過ぎず、将来の収益力改善でROEが再び8%以上に向上する」とアピールすることが必要ではないか。また、投資家も近視眼的にならず、中長期の目線で企業業績や株価の先行きを見通す姿勢が重要だ。

金融研究部   主席研究員 チーフ株式ストラテジスト

井出 真吾(いで しんご)

研究領域:医療・介護・ヘルスケア

研究・専門分野
株式市場・株式投資・マクロ経済・資産形成

経歴

【職歴】
 1993年 日本生命保険相互会社入社
 1999年 (株)ニッセイ基礎研究所へ
 2023年より現職

【加入団体等】
  ・日本証券アナリスト協会認定アナリスト

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