レセプト等の受診歴をたどるためのIDは、すでに導入されている国も多く、長期的な分析を行っている国も多い。以下では、諸外国における長期的なデータを使用した分析の例を紹介する。長期的な分析は、「医薬品の監視体制強化」「医療の効率化」「データの共有による便宜性の向上」「疾病研究」と、大きく分けて4つほどの視点がありそうだ。
(1)医薬品の監視体制
レセプトデータと薬剤疫学は関連が深い。アメリカは1970年代からレセプトデータを用いた薬剤疫学研究、ヘルスサービス研究を進めている。ヨーロッパにも、薬剤疫学や副作用監視のための体制がある。
日本では、これまでは、臨床試験でわからなかった副作用を検知する方法として、医薬品等安全性情報報告制度などの自発報告制度しかなかった
2が、2009年にPMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)によって、MIHARIプロジェクトが立ち上がり、2015年から稼働を始めた。MIHARIプロジェクトは、各種電子診療情報データベースを使って医薬品処方後の有害事象発現リスクの定量的評価や、安全対策措置の影響評価、処方実態調査等を行い、調査結果を幅広く伝える役割を担う。
(2)医療の効率化
多くの国で、医療技術の発展においては、高まる医療技術や医療費に対して、持ちうる財源をどのように配分するか費用対効果の観点で評価し、保険対象とするかの検討や薬価の決定を行っている。医療技術評価(HTA)に、イギリスでは、1990年代からQALY(質調整生存率)という「質(健康にかかわるQOL。効用値を評価)× 量(生存年数)」で表すことができる効果指標を使って、患者の受診記録を分析している。しかし、QALYによる評価は、一つの指標で評価することで、患者の価値観が考慮に入れられないことや患者の治療アクセス機会を制限していること、評価に時間がかかること等のデメリットがある。
一方、アメリカでは、複数の治療法のうち、どれが最善であるかを判断するための情報として、観察研究の手法をつかって比較効果研究(CER) を行っている。アメリカでの比較効果研究は、効果的な治療や予防、診断等を患者に提供するためのエビデンスを構築し、患者や医療関係者、政策立案者に情報を提供している。その半数近くが患者向けであると言う。
日本では、これまで、申請された診療行為、医薬品は、基本的に最終的には保険診療とすることを目指してきた。しかし、近年の医療費高騰もあり、すべてを保険収載するのではなく、診療報酬の改正においてHTA導入に向けた検討が始まっている。
(3)データの共有による便宜性の向上
諸外国において、データの共有は、CT撮影等の高額な検査を一度にとどめたいといった患者ニーズにこたえるものとして発展してきたと言われている。データを共有することによって、遠隔治療や災害時の他の医療機関による受診記録の利用などを行っている国(たとえば台湾
3)がある。イギリスにおいては、遠隔治療を実験的に導入した結果、緊急搬送数や緊急入院数が減ったという報告がある
4。
日本においても、地域包括ケアシステムにおいてはデータを共有することになっている。
(4)疾病研究
日本においても、私たちが目にする機会は少ないが、医療従事者や疫学研究者によって分析が行われている。身近な例としては、40歳以上が健康保険組合または自治体などを通じて受診する特定健診の結果を使った研究がある。特定健診は、放置しておくと重篤な疾病の原因となりうる生活習慣病を早い段階で発見し、重篤化を防ぐためのものである。重篤化予防に向けて、この健診結果と医療機関受診状況についての分析が行われている。
しかし、健診結果とレセプトデータの突合率は、保険者によって差はあるものの全体でわずか25%程度だったという
5。こういったことから複数のデータベースを突合するためのIDが重要になってくる。
データの利用範囲については、現在、データ利用が進んでいる国でも、緊急時や国が定める公益目的の利用以外は患者の同意がない限りデータにアクセスできない国が多いほか、研究目的で使う場合も、国が定めた研究に限って利用を許可している国が多いようだ。患者がアクセス先を管理できる国もあるようだ
6。
2 医療関係者が製薬会社に報告し、製薬会社がその報告を厚労省に報告する仕組みである。年間数万件以上の副作用報告がなされている(「医療ビッグデータがもたらす社会変革」中山建夫著(日経BP社)より。)
3 (一財)流通システム開発センター「台湾医療情報システム調査団報告書」2015年5月28日
4 (株)国際社会経済研究所「高齢社会とICT-諸外国の動向」2013年3月29日 総務省ICT超高齢社会構想会議ワーキンググループ第5回資料
5 会計検査院「レセプト情報・特定健診等情報データベースシステムにおける収集・保存データの不突合の状況等について」2015年9月4日
6 オーストラリアなど。(株)NTTデータ経営研究所「医療情報に関する海外調査報告書」2013年3月
4――医療等IDの運用に期待すること