12月3日ECB政策理事会:穏当な内容に市場は失望も、選択肢温存に意味

2015年12月04日

(伊藤 さゆり) 欧州経済

追加策が必要になった場合の選択肢を温存する必要も

今回の穏当な決定には、追加策が必要になった場合の選択肢を温存する意味もある。足もとのユーロ圏は追加の大規模緩和を必要としていないが、米連邦準備制度理事会(FRB)が実際に利上げに動き出した後の世界の資金の流れの変化は読み切れない。

ドラギ総裁は、「資産買入れプログラムの期間、規模、設計の調整は可能」として、環境変化に柔軟に対応する姿勢を強調した。また、プログラムのうち、技術的なパラメーターについては来春見直す方針であることも明らかにした。

中銀預金金利の下限についての質問には、「本日の利下げ決定は適切」と述べるに留め、言質を取らせなかった。

ECBはユーロ高圧力を警戒。ユーロ高阻止は低競争力の回復支援に有効

ドラギ総裁は、為替相場に対する質問に、「為替相場は政策目標ではない」との従来の返答を繰り返し、ユーロ相場の下限や上限についての問いに直接答えなかったが、ECBが世界の資金の流れの変化の過程でユーロ高圧力が強まることを警戒していることは間違いない。

ECBが注目するユーロの名目実効為替相場は、ECBが追加緩和の方針を示し始めた昨年春から、量的緩和が始まった今年3月にかけてユーロ安方向への水準訂正が進んだ。しかし、その後、前回の理事会までの間、FRBの利上げ時期を巡る観測で大きく振れながらも、基調はユーロ高となっていた。前回理事会後のドラギ総裁の事実上の追加緩和予告は、この流れを断ち切る上では極めて有効だった。今回の追加緩和策への失望で、3日の外国為替市場ではユーロ高が進んだが、緩和期待を背景とする調整幅を打ち消すほどではない(図表7)。
ユーロ高の阻止は低競争力の回復支援に有効だ。ユーロの対外的な為替相場は1つだが、物価の動向や、貿易相手国の構成は国毎に異なるため、これらを考慮した実質実効為替相場の動きはユーロ参加国の間で異なる。ドイツは、ユーロ導入後、不況に悩まされ、その克服のために税・社会保障と労働市場の一体改革に取り組み、企業がそれに応えたことで、2000年代半ば以降、競争力を高めてきた。この時期、借金頼みの成長を続けていた南欧の国々は、生産性に対して高い賃金の伸びが続き、競争力が低下した。世界金融危機と債務危機で、南欧の借金依存の成長は困難になり、雇用や賃金の調整を余儀なくされたことで、割高感は縮小に転じたが、解消には至っていなかった。

ECBが、14年に追加緩和に動き、ユーロ高に歯止めをかけた恩恵は、低競争力国にとって大きかったと思われる(図表8)。今回の決定も、フランスを含む低競争力国の回復支援が主な狙いと思われる。

経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり(いとう さゆり)

研究領域:経済

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴

・ 1987年 日本興業銀行入行
・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
・ 2023年7月から現職

・ 2015~2024年度 早稲田大学商学学術院非常勤講師
・ 2017年度~ 日本EU学会理事
・ 2017~2024年度 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
           「欧州政策パネル」メンバー
・ 2022~2024年度 Discuss Japan編集委員
・ 2022年5月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員
・ 2024年10月~ 雑誌『外交』編集委員
・ 2025年5月~ 経団連総合政策研究所特任研究主幹

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