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退職世代の家計の実際-統計で見る退職世代の貯蓄・消費

2025年06月25日

(原田 哲志) 株式

1――老後の資金・生活費への注目が高まる

老後の生活を安心して過ごすためには、どのような資金準備が必要だろうか。高齢化が進む中で「老後資金」への関心は一層高まっている。ここでは統計データをもとに、実態と課題を見ていきたい。

総務省の家計調査によると、世帯主が65歳以上で無職の二人以上世帯の貯蓄現在高は2024年時点で2,560万円と、前年から56万円増加しており、5年連続の増加となっている(図表1)。ただし、この増加は必ずしも収入の増加によるものではない。内訳を見ると、有価証券が増加した一方で定期性預貯金は減少した。株式市場の上昇などによる有価証券の価格上昇が影響したと考えられる。

また、総務省の家計調査では二人以上・世帯主が65歳以上の世帯のうち、貯蓄額が2,500万円以上の世帯が35.2%と約3分の1を占める一方で、300万円未満の世帯も14.8%存在していることが示されている。これは、高齢世帯の間でも経済的格差が広がっていることを意味する。ゆとりある老後生活を実現している人がいる一方で、資金不足に悩む世帯も少なくないのが現実だ。

このような状況の中、老後の安心を得るには、現役世代からの早期の資産形成と退職後も続けられる適切な家計管理が必要である。
次に退職世代の家計から日常生活での経済的実態をさらに詳しく見ていきたい。総務省の「家計調査報告(家計収支編)2024年」によれば、65歳以上の夫婦のみの無職世帯(夫婦高齢者無職世帯)の実収入は月平均252,818円で、可処分所得は222,462円、消費支出が256,521円、非消費支出が30,356円となっている(図表2)。ある程度の収入があるものの、支出が収入を34,058円上回っている状況にある。
また、近年の物価上昇の影響から生活必需品の支出が家計を圧迫していることが考えられる。2024年の消費支出の内訳をみると、食料が全体の29.8%を占め、次いで交通・通信(10.8%)、教育・娯楽(9.9%)が多い。2005年と2024年の支出構成を比較すると、食料や光熱・水道といった生活インフラにかかる支出割合が増加している(図表3)。つまり、支出の中で「削れない部分」が膨らみ、結果として他の支出を抑えざるを得ない構図が浮かび上がる。

物価上昇により年金収入が実質的に目減りしていく中、現役時代のような自由な消費行動が難しくなることなど、老後生活に対する不安は根強い。貯蓄が増加していても、それが将来の医療費や介護費用への備えであり取り崩すことへの抵抗感が大きければ、家計の実態はむしろ逼迫しているとも言える。退職世代の家計は見た目の数字以上に慎重な運営を迫られている。

2――退職金の使い道とその背景

2――退職金の使い道とその背景

こうした中、退職世代は受け取った退職金をどのように活用しているのだろうか。退職を迎える世代にとって、退職金は長年の勤労の成果であり、老後の生活設計での重要な資金源である。実際、多くの人がこのまとまった資金を慎重に扱っている。投資信託協会が2022年に行ったアンケートでは退職金の使い道として最も多いのは「預貯金」で、全体の62.5%を占めた(図表4)。次いで「日常生活費への充当」(26.3%)、「旅行などの趣味」(22.3%)、「住宅ローンの返済」(22.1%)と続く。この傾向は、老後に備えた安全志向の表れといえるだろう。

金融資産としての退職金は、生活費の補填や万一の医療費支出、介護など将来的な不確実性に備える意味でも、まずは現金や定期預金として確保される傾向が強い。これは「資産運用のための金融商品の購入」よりもはるかに高い割合で預貯金が選ばれている点にも表れており、多くの退職者がリスクを避け、確実性を重視していることがうかがえる。

ただし近年では、長寿化による老後資金の長期的な不足リスクが叫ばれており、資産運用への関心も徐々に高まりつつある。つみたてNISAやiDeCoといった制度の普及も後押しし、資産運用を始める人も増えている。

また、心の充足や夫婦の絆を深める目的で旅行や趣味に退職金の一部を使う例も少なくない。総じて、退職金の使い道は「守り」と「楽しみ」のバランスを取りながら、個々のライフプランや価値観に基づいて多様化している。ファイナンシャルプランナーなどの専門家の助言を活用しながら、より計画的な活用が望ましい。

3――計画的な老後生活の準備に向けて

3――計画的な老後生活の準備に向けて

また、近年では老後の収入源についての考え方が変化している。金融経済教育推進機構の調査では、老後の生活費の主な収入源として考えられるものとして公的年金(67.5%)、就業による収入(48.0%)や、企業年金・個人年金・保険金(28.5%)といった回答が上位となっている。年金だけでは生活が十分に成り立たないという考えから、就業による収入、利子や配当など投資による収入を期待する人が増加している(図表5)。

実際、2015年と比較すると、就業収入や投資収入との回答が増加傾向にある一方で、公的年金や子どもからの援助に期待する割合は減少しており、「自助努力」による老後設計が求められていることが分かる。こうした傾向を受け、NISAなど資産形成支援制度が拡充され、現役世代のうちから自ら積極的に老後資金を準備する流れが加速している。

また、就労継続も老後の安定した生活の一助となる。2021年4月に施行された「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」の改正により、企業には70歳までの定年延長や再雇用制度の導入が努力義務として課され、高齢者の就労機会は広がっている。総務省の「家計調査報告(2024年)」によれば、60歳以上の世帯主がいる勤労者世帯の割合も上昇しており、実際に多くの人が定年後も働き続けることで生活の安定を図っている。

老後生活の準備は、単に資金を貯めるだけではなく、長期的な収支のバランスを見極めた計画的な運用が必要である。年金制度を正しく理解し、税制優遇制度を活用しつつ、必要に応じて就労を継続するなど、多様な選択肢を組み合わせて、自分らしい老後を築いていくことが望まれる。計画的な備えが、不安を減らし安心して暮らせる老後への第一歩となるだろう。

金融研究部   准主任研究員・サステナビリティ投資推進室兼任

原田 哲志(はらだ さとし)

研究領域:医療・介護・ヘルスケア

研究・専門分野
資産運用、ESG

経歴

【職歴】
2008年 大和証券SMBC(現大和証券)入社
     大和証券投資信託委託株式会社、株式会社大和ファンド・コンサルティングを経て
2019年 ニッセイ基礎研究所(現職)

【加入団体等】
 ・公益社団法人 日本証券アナリスト協会 検定会員
 ・修士(工学)

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