1――はじめに
本稿の
前編では、第15次五カ年計画期間の政策を展望するにあたり、2026~30年の5年間が中国の政権運営にとってどのような位置づけとなるかを確認した。後編では、第20期中央委員会第4回全体会議(以下、「四中全会」)のコミュニケの内容をもとに、今後5年間の政策の方向性やポイントを確認するとともに、35年に向けた成長展望について考察する。
2――政策の重心は従来から大きく変わらない見込み
2――政策の重心は従来から大きく変わらない見込み
2024年開催の第20期中央委員会第3回全体会議(三中全会)について考察した際に指摘したように、近年の中国は、「市場と政府」、「安全と発展」、「分配と成長」などの面で、政策の重心を調整しながら国政運営を進めている
1。今回のコミュニケを見る限り、これらの重心は大きく変わっていないと考えられる。
1|市場と政府
まず、「市場と政府」に関しては、政策運営にあたり従うべき5カ年計画の原則のひとつとして「有効な市場と効果的に機能する政府の結合」が今回から新たに加えられたことから、重視するポイントとして位置付けられていることがうかがえる(図表1)。もっとも、三中全会の時と同様、コミュニケではかつて強調されていた「市場の決定的な役割」や、市場化を象徴する金融システムに関しては言及がなかった
2。市場の力が統治の脅威とならない範囲で市場の機能を活用すべく取り組みを進めていくものとみられる。
今後5年は、市場よりもむしろ、政府の役割の是正が柱になると推察される。中国経済が直面する問題の背後には、政府の存在がある。本来は市場の失敗を補完するべきだが、企業誘致や補助金支給などで市場に過度に介入する一方、公共サービスの提供が不十分であるなど、現在の政府(とくに地方政府)の役割には過不足がみられる。後述する「全国統一大市場建設」の取り組みなどを通じてそうした歪みを是正し、市場の健全な働きを担保するための制度やインフラの整備が重点となるだろう。
市場の活力の要である民営企業に関しても、コミュニケでは特にキーワードとして示されることはなく、「あらゆる経済主体の活力を十分に引き出す」と言及されたのみであったことから、市場の活用と同様のスタンスとみられる。もっとも、実際には、24年後半から民営経済支援の動きが強まっており、再び規制が強化されることは当面ないと考えられる。
2 ただし、建議の本文では、同原則の詳細として「資源配分において市場に決定的な役割を果たさせ、政府の役割をよりよく発揮させる」ことが書き込まれている。
2|安全と発展
次に、「安全と発展」に関しては、今回のコミュニケで注目に値する言及を読み取ることはできなかった。5カ年計画の原則のひとつとして「発展と安全の統合」が盛り込まれており、「発展と安全の統合を重視し(中略)国家安全保障を守ることをより突出した位置づけ」(習総書記による説明)とした三中全会の方針が反映されている。総体的国家安全観の考え方のもと、軍事や領有権のほか、政治や経済、文化、サイバー、資源、データなど、幅広い分野の安全確保を前提に、発展との両立を図る政策運営が続くだろう。
近年の外資の中国離れに象徴されるように、安全との矛盾が生じる分野である対外開放について、第15次五カ年計画では重要度が以前に比べて高まっていることが示唆された
3。対外開放は、米国の内向き姿勢が強まるなか、中国の国際社会でのプレゼンス拡大や米国以外との経済関係強化を進めるうえで有効な策となることから、従来よりも力点が置かれる可能性がある。
3 対外開放は、第15次五カ年計画の取り組みの柱のうち、第5の柱に設定された。第13次五カ年計画では10番目、第14次五カ年計画では11番目に位置づけられていた。
3|成長と分配
最後に、「成長と分配」については、成長一辺倒ではなく、分配にも軸足をおいた政策へと移行しつつある。今回のコミュニケでは、「人民至上」の原則のもと、全人民の共同富裕の実現推進に向け、「包摂的、基礎的、最低限の民生建設の強化」などが強調された。「三農(農業・農村・農民)問題の解決」や「人間本位の新型都市化」など、これまで進めてきた取り組みも挙げられている。成長、発展の成果をより幅広い人々に行き渡らせようとする考えがうかがえる。
一方、一定の成長スピードを維持することも重視されている。コミュニケでは、五カ年計画期間の方針として「経済の効果的な質の向上と合理的な量的成長を推進」することが盛り込まれた。また、第14次五カ年計画策定と合わせて設定された「1人当たりGDPが中等先進国の水準に達する」とした2035年までの将来目標も踏襲されている(詳細は後述)。また、前編でも言及した通り、産業基盤の再構築や高度化なども重点課題とされている。成長や発展に向けた施策と、分配強化に向けた施策を限られたリソースのなかでどのように効果的に展開できるかがポイントとなるだろう。
3――目下の経済課題からみる「第15次五カ年計画」の主なポイント
3――目下の経済課題からみる「第15次五カ年計画」の主なポイント
以下では、国内の課題(内需不振と過当競争)と国外の課題(対米摩擦)という切り口で、コミュニケで示された「第15次五カ年計画」の主なポイントを確認していきたい。
1|内需不振と過当競争:不動産不況対策は示されず、制度整備など時間を要する対策が中心
内需不振と過当競争、そしてそれに伴う根強いデフレ圧力に関して、コミュニケでは、第14次五カ年計画と同様、内需拡大を旨とする「強い国内市場の建設」が柱に据えられ、「消費・投資の促進による需給の好循環」や「国内大循環の内在的な原動力と信頼性の増強」が強調された。これは、裏を返せば、現在は需要が弱いために需給がうまく循環しておらず、内需が頼りない状況にあると捉えていることを示唆しており、問題は正しく認識されているとみられる。
そのうえで焦点となるのは、有効な対策がとられるかという点だ。現在の内需、とりわけ個人消費の弱さについては、コロナショックおよび不動産不況という短期的な要因だけでなく、制度的な要因も関係している4。例えば、制度要因としては、制度間で格差が大きい社会保障システムや、戸籍制度に起因する転居先での不十分な公共サービス、所得再分配機能が弱い税財政システムなど、各種の根深い問題が挙げられる。一方、供給側の問題である過当競争に関しては、経済建設・企業活動重視に傾きやすい地方行財政のあり方といった制度要因が指摘されている。
これらの諸要因に対して、コミュニケを読む限り、今後の対応は即効性の高い対策ではなく、効果発現に時間を要する政策が中心となる可能性が高い。
短期要因については不動産不況からの脱却がポイントとなるが、前編でも述べた通り、今回のコミュニケでは不動産不況やリスクに関する言及はなかった。不動産販売は、21年~23年に比べれば減少ペースは落ち着いており、悪化には一応の歯止めがかかりつつあると判断している可能性がある(図表2)。不動産不況を巡っては、早期脱却のために中央政府の積極介入を求める声も聞かれるが、そうした策には依然消極的なようだ。25年に打ち出された都市再開発という都市政策の新方針に基づき、不動産やインフラの更新に伴う投資需要を喚起して緩やかに不動産不況からの脱却を促し、家計のマインド改善に結びつけていく構えと考えられる。
他方、制度要因については、社会保障や公共サービスなど一部の制度に関して具体的な言及があったが、今後の5年の重点となるのは、内需強化の一環で言及された「全国統一大市場建設」の取り組みだろう。中国では、保護主義的な傾向をもつ地方政府が自地方の利益最大化を目指す行動をとりがちなため、地方間で様々な障壁
5がある。それが財や生産要素の効率的な流通の妨げや、目下問題となっている過当競争、農民工などの消費の抑制といった様々な弊害をもたらしている。「全国統一大市場建設」は、全国共通の制度やインフラ、システムを整備・一元化し、地方間の障壁を除くことを目指す取り組みだ。その方針自体は、22年に既に発表されていたが、25年になり、過当競争是正や対米摩擦に対する国内循環(内需)強化の必要性が高まったことで、習主席が再び発破をかけている。
なお、そうした地方政府の行為の背景にある行財政システムや税制の改革に関しては、「マクロ経済ガバナンスシステムの整備」という抽象的な表現にとどまり、キーワードとしては言及されなかった。これら制度の改革は地道に続けられるのだろうが、不動産税など懸案が残るなか、第16次五カ年計画までを視野に入れた取り組みとなりそうだ
6。
4 盧鋒(2025)「居民消費為何持続偏弱?我国消費偏弱現象成因系統探討」(『北京大学国家発展研究院』、https://mp.weixin.qq.com/s/1gLf8KLQpTv8xwV0lxqLNA)
5 他地方の企業の自地方への参入障壁を設ける、補助金支給や政府調達で地元企業を優遇する、地元戸籍以外の住民に対して公共サービスや社会保障の制約を設けるなど、様々な問題が指摘されている。
6 このほか、盧鋒(2025)では、サービス業への参入規制や、最近の外食サービス悪化の主因として指摘されている倹約令など経済政策外で導入された規制といった規制要因も指摘されている。規制がもたらす経済への意図せざる弊害は、これまでの政策運営において散見された問題で、政権としても近年領域をまたぐ政策間で矛盾が生じないよう取り組んでいるが、倹約令のように、調整の仕組みは十分でないようだ。コミュニケでは「経済建設と各分野の取り組みを一体的に推進する」とされ、政策調整能力の強化が続けられる見込みだ。
2|米中摩擦:ハイテク強化で持久戦の備えを固めつつ、米国の内向き志向に乗じて国際的影響力を拡大
米中摩擦に対して、中国は目下、経済政策により内需を下支えつつ、レアアース輸出規制などをカードに対米交渉に臨んでいるが、コミュニケでは、中長期的な「持久戦」への備えとなる政策の方向性が示されている。具体的には、前項で述べた内需の強化を前提に、製造業を中心とするハイテク分野での競争力を向上させるとともに、対外開放や外交政策などを通じて国際的影響力を強める考えが示唆された。
ハイテク強化に関しては、「科学技術の自立自強のレベルが大きく上昇する」ことが、第15次五カ年計画の主要目標のひとつに設定され、半導体分野を中心に、米国など西側諸国に依存しがちな状況からの脱却を強める考えが読み取れた。そのうえでまず、産業構造転換を進めるにあたり、「製造業の適正な比重の維持」、「先進製造業を中核とする現代的な産業体系の構築」といった方針が示された。中国では経済のサービス化が進むにつれ、GDPに占める製造業のシェアは低下傾向にある(図表3)。今後も内需拡大の観点からサービス業を振興する必要性は強調されているものの、米国を含む世界におけるサプライチェーンの中核としての地位を堅持し、影響力を発揮するうえで、製造業も重視する姿勢がうかがえる。注力する領域として、「宇宙」が新たに挙げられた点も注目される。また、近年強調されるスローガン「新質生産力」の発展を掲げ、「基礎的・原始的なイノベーションおよび重要な核心技術のブレークスルーを強化し、科学技術革新と産業革新の深い融合を推進」するとされた。中国がまだ弱いとされる基礎研究の分野を拡充し、0から1を生み出す能力を高めるとともに、産業への応用を通じた競争力向上も進めていく構えだ。
他方、国際的影響力の拡大に関しては、「国際的影響力を大幅に向上させる」ことが、2035年までの目標に今回から新たに盛り込まれた。そのうえで、トランプ政権による米国の保護主義的な動きを念頭に「多国間貿易体制の維持」を強調するとともに、「質の高い『一帯一路』の共同建設」や「中華文明の発信力と影響力の向上」を通じて、ハード、ソフトの両面で影響力を高める考えが示された。このほか、「海洋の開発・利用・保護の強化」も言及されている。なお、近年の重要会議でしばしば言及される「グローバルガバナンスシステムの改革への参画」については、今回のコミュニケでは言及がなかった。その理由ははっきりしないが、最近では、上海協力機構(SCO)開発銀行や香港での国際調停院の設立、世界人工知能協力組織の設立提案など、様々な分野で国際的な枠組み形成を主導する動きがみられており、今後も同様の動きが続くことが予想される。
4――コミュニケを踏まえた2035年までの成長展望
4――コミュニケを踏まえた2035年までの成長展望
1|2025年:「+5%前後」の成長率目標は達成へ
コミュニケの内容を踏まえ、今後2035年までの中国の成長はどのように展望できるだろうか。
まず、足元25年については、コミュニケで「通年の経済社会発展目標を断固として達成する」考えが強調された。中央委員会の全体会議で足元の経済情勢が議論されるのは、前回の第20期中央委員会第3回全体会議(「三中全会」、24年7月開催)に続くイレギュラーな出来事であり、指導部の経済情勢への感度が高まっていることを示唆している。これまでの経済対策を継続し、必要があれば適時に強化するとの方針を改めて示したが、25年1~9月期の累計成長率は+5.2%と、既に一定の貯金がある。経済対策の効果息切れや不動産不況、厳しい地方財政、米中摩擦など様々な要因から、年末にかけて経済は減速を続けるとみられるが、「+5%前後」の成長率目標は達成となる可能性が高い。
2|2026年~30年:自律的回復力を欠いた状態が続くなか、下支え継続でソフトランディングを目指す
第15次五カ年計画期間の26年~30年を展望すると、当面は自律的回復力を欠いた状態が続く可能性が高い。前節でも述べた通り、目下の内需不振の主因である不動産不況に対しては、市況の抜本的な好転を目指すのではなく、緩やかな改善を促す政策がとられる見込みだ。一方、過当競争についても、制度やシステムの整備を中心とする「全国統一大市場建設」の取り組みは一朝一夕には進まないだろう。米中摩擦についても、中国はハイテクや国際影響力の強化などで競争力の維持、向上を図る姿勢だが、少なくともトランプ政権の期間中は不確実性の高い状態が続く可能性が高い。このため、需要喚起策を継続しながらソフトランディングが目指されると考えられる。
なお、五カ年計画期間中の成長率目標については、第13次五カ年計画まで設定されていたが、第14次五カ年計画では、コロナショックによる不確実性の高まりなどから設定されなかった。今回の五カ年計画期間に関しては、毎年3月開催の全国人民代表大会(全人代)で当年の成長率は示すだろうが、米中摩擦の不確実性が続くと見込まれるなか、5年間の成長率目標は設定されないと思われる。
3|2026年~35年:中等先進国入り目標は達成できるか。重要なのは、やはり量より質
さらに、35年までを展望すると、同年までに「1人当たりGDPが中等先進国の水準に達する」との目標がひとつの目安となる。この目標を達成するためには、どの程度の成長率が必要となるだろうか。中等先進国の水準がどの程度か、人民元為替レートがどう推移するのかなどはっきりしない要素も含まれているが、一定の仮定を置いて試算すると、26~35年の10年平均で名目+3.0%(20,000ドル到達)~8.9%(35,000ドル到達)のGDP成長率を実現する必要がある(図表4)
7。当社では直近の中期見通しで、今後、不動産不況や過当競争が段階的に解消されて需給バランスが正常化し、改革が前進的に進むことを前提に、35年までの平均名目GDP成長率は+3.6%としている。五カ年計画で示された取り組みが着実に進めば、所要成長率の下限であれば達成できる可能性はある
8。
もっとも、試算で示した通り、2035年の中等先進国入りは、その水準をどのように定義づけるかによる部分が大きく、幅のある目標とみたほうがよさそうだ。それを考慮すると、1人当たりGDPや成長率など量的な目標が達成されるかよりも、発展の質向上の面で実質的な進展がどの程度みられるかのほうが重要となる。とくに、安定的で持続可能な成長の実現のためには、産業高度化といった供給側の質以上に、国民生活の質の改善のほうが必要と考えられる(図表5)
9。長年の課題である深刻な所得格差などが解消されなければ、現在西側諸国を中心に問題となっている社会の「分断」は、中国にとっても他人事ではなくなるだろう。こうしてみると、米中摩擦以上に、行財政や税制、社会保障制度など、国内の制度改革のほうが真の「試練」であるといえる。計画で言及された様々なスローガンのもと、地道な制度改革を積み重ねていくことこそが、試練を乗り越える鍵となろう。
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