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コラム

芝浦電子の公開買付け-ヤゲオのTOB成立

2025年10月15日

(松澤 登) 保険会社経営

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芝浦電子のM&A攻防については以前の「研究員の眼」で途中経過を報告した1。今回は、当初、敵対的買収を仕掛けていたヤゲオが公開買付けに成功したとのリリースを行ったため、その内容を検証する2

簡単に経緯を振り返ると、2025年2月5日に台湾の電子部品メーカーであるヤゲオ(YAGEO)は芝浦電子を1株当たり4300円で公開買付けすることを公表した。公開買付けとは、市場外で不特定多数の株主から大量に株式を取得する際の手続きである(金融商品取引法27条の2第6項)。

芝浦電子はヤゲオの買収にシナジーが認められないとしてホワイトナイトを模索した結果、ミネベアミツミが同年4月10日、1株当たり4500円での友好的買収を発表した。ミネベアミツミは、ヤゲオが4月17日に買付価格を5400円にすると公表したことを受け、5月2日より芝浦電子1株当たりの買付価格を5500円に上げて公開買付けを開始した。他方、ヤゲオは5月9日から芝浦電子1株当たり価格をさらに上げ、6200円で公開買付けを開始した。

これを受け、芝浦電子は5月21日付けで、5月1日に出したミネベアミツミの公開買付けへの賛同意見は維持するものの、5月1日付で株主に応募を推奨していたものを、中立へと意見を変更した3。また、ヤゲオの公開買付けには意見を留保することとした4

ミネベアミツミは8月14日に買付価格をヤゲオと同額の6200円まで引き上げた。しかしヤゲオが8月21日に買付価格を6635円まで引き上げると、同日ミネベアミツミは6200円を超えて価格競争には応じない旨を公表した5。ミネベアミツミは9月12日に買付結果を公表したが、買付下限株式数が約754万株であったのに対して、応募株式数が356万株しかなく公開買付けは不成立に終わった6

このような結果に終わったのはいくつか理由があると思われるが、二つだけ述べる。まず6200円が経済的に説明可能な金額の上限に近かったということである。ミネベアミツミが大和證券に芝浦電子の株価の算定依頼をしたところ、4つの価格帯が示された7。そのうち最も高い金額を示したディスカウントキャッシュフロー法(DCF法)8でも4116円~6300円であった9。この客観的第三者の評価を超える公開買付価格を設定する場合、公正価値を上回る「高値掴み」ではないかとの懸念が生じ、ミネベアミツミは自社株主に対する説明責任を負うこととなる。ヤゲオが6635円まで公開買付価格を引き上げたときに、すでにミネベアミツミは価格面では打つ手がなくなっていたと考えられる。

もう一つの要因は、公開買付期間の長期化である。ミネベアミツミは公開買付価格を引き上げないとしたリリースの中で「外為法のクリアランス10を取得できないまま2度にわたりその待機期間が延長される11という異例中の異例の状況が続いています」と記載しており、8月28日の公開買付期間を延長することはないとしている。報道でも「他の戦略的投資案件に着手できない」12との経営者からの発言が見られる。ミネベアミツミの公開買付期間はその後、ヤゲオの公開買付条件の変更等に基づく訂正届出書の提出を受けて延長され、結局9月11日までとなった。ミネベアミツミの公開買付けには、5月2日以降、合計91営業日という期間を要した。これは、金融商品取引法の定める公開買付期間の基準である60営業日を大幅に上回っている。これが違法ということではないが、芝浦電子の株主、ミネベアミツミの株主を長期的に不安定な立場に置き、ミネベアミツミの経営戦略に影響を及ぼしたのは想像に難くない。

このようにミネベアミツミの公開買付けが不成立に終わったのち、芝浦電子はヤゲオとの面談や現場視察などを通じて、ヤゲオによる買収によりシナジーが得られるとして、事業運営方針等に関する合意書を締結した。そのうえで9月16日付で、ヤゲオの公開買付けに賛同し、芝浦電子株主にも応募を推奨する旨の意見変更を行った13。この時点で友好的な買収に変わったといえる。

結果、冒頭に述べた通り、ヤゲオは公開買付けに成功した。同リリースによれば87%に相当する株式の応募を受けたとのことである。公開買付期間は10月20日までで計112営業日、価格は最終的には1株当たり7130円である。

ヤゲオの外為法クリアランス取得には2月6日の届け出から9月2日まで7か月も要したことから、政府としても判断のむつかしい案件だったと推察される。そのような案件において、日本基準から見れば経済的に説明のつかない買付価格設定が行われた点は、今後の検討課題である。最終的には友好的買収に変わったものの、今後の経済安全保障の確保に係る官民の役割の在り方等について問題を投げかけたと考えられる。
 
1 研究員の眼「芝浦電子に対するM&A攻防-公開買付期間の延長」https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=83023?site=nli
2 https://www.yageo.com/jp/PressRoom/Content/press_room?category=ir_pr&news_id=20251003&page=1 参照。
3 https://contents.xj-storage.jp/xcontents/AS02620/29c5a659/80f1/44e6/bc20/5a0820325dec/140120250521560362.pdf 参照。
4 https://contents.xj-storage.jp/xcontents/AS02620/61a35016/7436/43bf/8f42/d0a2846ff07e/140120250521560361.pdf 参照。
5 https://www.minebeamitsumi.com/news/press/2025/1210417_20342.html 参照。
6 https://www.minebeamitsumi.com/news/press/2025/__icsFiles/afieldfile/2025/09/12/press_release_20250912.pdf 参照。
7 https://www.minebeamitsumi.com/news/press/2025/__icsFiles/afieldfile/2025/05/01/press_release20250501.pdf 参照。
8 企業の予想将来収益に基づき生まれるキャッシュフローを、リスクや時間の経過を考慮した割引率で割り引いて、そのキャッシュフローの現在持っている価値として算出する方法。
9 そのほか、市場株価法(2025年2月5日基準)が3135円~3279円、市場価格法(2025年4月9日基準)が3720円~4456円、類似会社比較法が2857円~3877円とより低い金額が示されている。
10 外為法クリアランスとは、外国為替および外国貿易法(外為法)に基づく事前届け出制度で、外国投資家が経済安全保障上重要な企業(防衛、通信、エネルギ―、半導体など)の買収にあたって、日本政府が日本の安全保障に支障がないかを審査する制度である。
11 審査中は株式の取得が禁止される(外為法27条2項)。また安全保障上問題があると判断されるときには、定められた期間内における株式取得の中止勧告がおこなわれる(同条5項)。
12 日経新聞2025年10月5日7面、ミネベアミツミ貝沼吉久最高経営責任者発言部分
13 https://contents.xj-storage.jp/xcontents/AS02620/12b9d25e/84d5/4edd/b567/fdeb7341b681/140120250916558420.pdf 参照。

保険研究部   研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登(まつざわ のぼる)

研究領域:保険

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴

【職歴】
 1985年 日本生命保険相互会社入社
 2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
 2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
 2018年4月 取締役保険研究部研究理事
 2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
 2024年4月 専務取締役保険研究部研究理事
 2025年4月 取締役保険研究部研究理事
 2025年7月より現職

【加入団体等】
 東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
 東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
 大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
 金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
 日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

【著書】
 『はじめて学ぶ少額短期保険』
  出版社:保険毎日新聞社
  発行年月:2024年02月

 『Q&Aで読み解く保険業法』
  出版社:保険毎日新聞社
  発行年月:2022年07月

 『はじめて学ぶ生命保険』
  出版社:保険毎日新聞社
  発行年月:2021年05月

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