芝浦電子のM&A攻防については以前の「
研究員の眼」で途中経過を報告した
1。今回は、当初、敵対的買収を仕掛けていたヤゲオが公開買付けに成功したとのリリースを行ったため、その内容を検証する
2。
簡単に経緯を振り返ると、2025年2月5日に台湾の電子部品メーカーであるヤゲオ(YAGEO)は芝浦電子を1株当たり4300円で公開買付けすることを公表した。公開買付けとは、市場外で不特定多数の株主から大量に株式を取得する際の手続きである(金融商品取引法27条の2第6項)。
芝浦電子はヤゲオの買収にシナジーが認められないとしてホワイトナイトを模索した結果、ミネベアミツミが同年4月10日、1株当たり4500円での友好的買収を発表した。ミネベアミツミは、ヤゲオが4月17日に買付価格を5400円にすると公表したことを受け、5月2日より芝浦電子1株当たりの買付価格を5500円に上げて公開買付けを開始した。他方、ヤゲオは5月9日から芝浦電子1株当たり価格をさらに上げ、6200円で公開買付けを開始した。
これを受け、芝浦電子は5月21日付けで、5月1日に出したミネベアミツミの公開買付けへの賛同意見は維持するものの、5月1日付で株主に応募を推奨していたものを、中立へと意見を変更した
3。また、ヤゲオの公開買付けには意見を留保することとした
4。
ミネベアミツミは8月14日に買付価格をヤゲオと同額の6200円まで引き上げた。しかしヤゲオが8月21日に買付価格を6635円まで引き上げると、同日ミネベアミツミは6200円を超えて価格競争には応じない旨を公表した
5。ミネベアミツミは9月12日に買付結果を公表したが、買付下限株式数が約754万株であったのに対して、応募株式数が356万株しかなく公開買付けは不成立に終わった
6。
このような結果に終わったのはいくつか理由があると思われるが、二つだけ述べる。まず6200円が経済的に説明可能な金額の上限に近かったということである。ミネベアミツミが大和證券に芝浦電子の株価の算定依頼をしたところ、4つの価格帯が示された
7。そのうち最も高い金額を示したディスカウントキャッシュフロー法(DCF法)
8でも4116円~6300円であった
9。この客観的第三者の評価を超える公開買付価格を設定する場合、公正価値を上回る「高値掴み」ではないかとの懸念が生じ、ミネベアミツミは自社株主に対する説明責任を負うこととなる。ヤゲオが6635円まで公開買付価格を引き上げたときに、すでにミネベアミツミは価格面では打つ手がなくなっていたと考えられる。
もう一つの要因は、公開買付期間の長期化である。ミネベアミツミは公開買付価格を引き上げないとしたリリースの中で「外為法のクリアランス
10を取得できないまま2度にわたりその待機期間が延長される
11という異例中の異例の状況が続いています」と記載しており、8月28日の公開買付期間を延長することはないとしている。報道でも「他の戦略的投資案件に着手できない」
12との経営者からの発言が見られる。ミネベアミツミの公開買付期間はその後、ヤゲオの公開買付条件の変更等に基づく訂正届出書の提出を受けて延長され、結局9月11日までとなった。ミネベアミツミの公開買付けには、5月2日以降、合計91営業日という期間を要した。これは、金融商品取引法の定める公開買付期間の基準である60営業日を大幅に上回っている。これが違法ということではないが、芝浦電子の株主、ミネベアミツミの株主を長期的に不安定な立場に置き、ミネベアミツミの経営戦略に影響を及ぼしたのは想像に難くない。
このようにミネベアミツミの公開買付けが不成立に終わったのち、芝浦電子はヤゲオとの面談や現場視察などを通じて、ヤゲオによる買収によりシナジーが得られるとして、事業運営方針等に関する合意書を締結した。そのうえで9月16日付で、ヤゲオの公開買付けに賛同し、芝浦電子株主にも応募を推奨する旨の意見変更を行った
13。この時点で友好的な買収に変わったといえる。
結果、冒頭に述べた通り、ヤゲオは公開買付けに成功した。同リリースによれば87%に相当する株式の応募を受けたとのことである。公開買付期間は10月20日までで計112営業日、価格は最終的には1株当たり7130円である。
ヤゲオの外為法クリアランス取得には2月6日の届け出から9月2日まで7か月も要したことから、政府としても判断のむつかしい案件だったと推察される。そのような案件において、日本基準から見れば経済的に説明のつかない買付価格設定が行われた点は、今後の検討課題である。最終的には友好的買収に変わったものの、今後の経済安全保障の確保に係る官民の役割の在り方等について問題を投げかけたと考えられる。