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保険と年金基金における各種リスクと今後の状況(欧州 2025.7)-EIOPAが公表している報告書(2025年7月)の紹介

2025年08月22日

(安井 義浩) 保険計理

1――はじめに

EIOPA(欧州保険・企業年金監督機構)から、ほぼ四半期に一度のペースでリスクダッシュボードが発表されている。2025年7月31日に年金基金分野、保険分野の両方が公表された1。これは当該時点のソルベンシーⅡ関連データ(今回は2025年第1四半期)と、市場データ(今回は2025年第1四半期)に基づいて、EU内の年金基金と保険それぞれにおける主なリスク2と脆弱性の現状と今後の見通しを要約したものである。


 
1 (年金分野) Institutions for occupational retirement provision(IORPs) risk dashboard (2025.7.31 EIOPA)
https://nexteuropa-multisites.s3.eu-west-1.amazonaws.com/www.eiopa.europa.eu/assets/iorps-risk-dashboard/EIOPA-BoS-25-358%202025-July-IORP-Risk-Dashboard.html
 (保険分野)Insurance Risk Dashboard     (2025.7.31 EIOPA)
https://nexteuropa-multisites.s3.eu-west-1.amazonaws.com/www.eiopa.europa.eu/assets/insurance-risk-dashboard/EIOPA-BoS-25-347_July25_Insurance-risk-dashboard.html
 (報告書の翻訳や内容の説明は、筆者の解釈や理解に基づいている。)

2 各リスクの内容は、その名称からほぼ直感的に想像はつくと思われるが、具体的な説明については、前回の報告(下記)を参照頂きたい。
保険分野 「保険分野における各種リスクと今後の動向(欧州2024.2)」(ニッセイ基礎研究所2024.2.29)
https://www.nli-research.co.jp/files/topics/77763_ext_18_0.pdf?site=nli
 年金基金分野 「年金基金を取り巻く各種リスクと今後の見通し(欧州2024.2)」(ニッセイ基礎研究所 2024.3.12)
https://www.nli-research.co.jp/files/topics/77855_ext_18_0.pdf?site=nli
 

2――各リスクの状況

2――各リスクの状況

1|保険分野
〇マクロリスクについては、主要地域の次の四半期のGDP成長率予測が0.8%(前四半期 1.1%)と見込まれ、中程度のレベルで安定している。世界のインフレ率予測も2.0%(前四半期2.2%)と若干低下した。経済状勢は依然として不確実である。関税リスクに注目が集まっており、その一時停止や交渉の進展により、想定よりは穏やかな経済環境が続いている。しかし今後の展開は予断を許さない。関税交渉の行方や中東情勢により、リスク水準は今後上昇するものと予想される。

〇信用リスクに関しては中程度のレベルで、引き続き安定している。

〇市場リスクは、依然として高水準である。保険会社の債券と株式のボラティリティは低下したものの高水準である。2025年第1四半期末の保険会社の資産構成比は、債券は51.2%(前四半期末52.3%)とわずかに低下、株式は6.0%(前四半期末5.0%)とわずかに上昇したが概ね安定している。

不動産価格は2年連続で下落した後、全体的に改善した。保険会社における資産構成比は約3%と比較的小さいため、影響は限定的である。
2024年の投資収益と保証金利の差は、良好な市場環境を反映して平均的にはプラスであった。デュレーションミスマッチ(中央値)も-5%程度で安定している。
 
〇 流動性と資金調達のリスクは中程度である。2025年第1四半期には、保険会社の期末現金保有の構成比は0.7%でほぼ横ばいであった。保険会社の流動性資産構成比は45%(前四半期47%)へと低下し、保険契約の解約率は5%程度で引き続き高水準である。

〇収益性と支払能力のリスクは、現状の傾向を維持している。ソルベンシーマージン比率はわずかに低下している(2024年第4四半期末の保険グループ平均197.8%(前四半期208.5%))。保険会社の収益性指標(資産収益率など)は上昇したが、資産負債超過収益率3は低下した。

〇相互関連と不均衡リスクは、引き続き中程度で安定している。

〇保険引受リスクについては、中程度で安定している。2024年から、指標の一つである保険料収入が大幅に増加したことで、リスクの規模が増大し、2025年はそのまま中程度レベルで安定している。保険商品の利回りが上昇したことで競争力が高まったため、生命保険会社の保険料収入増加率は13.3%(前四半期14.5%)となった。損害保険会社の保険料収入増加率も7.9%(前四半期8.3%)とプラスであった。損害率は改善し59.8%(前四半期63.4%)であった。

〇市場受容リスクは、2024年第4四半期に上昇したが、その後、中程度で安定している。2025年第1半期には、特に損害保険において市場全体よりも高い株価上昇率を示している。

〇ESG関連リスクはこれまで中程度で安定していたが、今後12か月の見通しは、上昇傾向であることには変わりない。保険会社の気候関連資産へのエクスポージャーの中央値はわずかに減少し、保険会社が保有するグリーンボンド残高は社債残高の7.6%(前四半期末7.0%)の投資で安定して推移している。気候変動の物理的リスクに関する指標としてのリスクエクスポージャーをみると、暴風に関するエクスポージャーが洪水よりも高い水準であるが、それぞれの水準に変化はない。

〇デジタル化とサイバーリスクは、現時点では中程度のレベルにとどまっているが、現在の地政学的状況をみると、オペレーショナルリスク、サイバーリスク引受リスクの両面において、サイバー関連の脅威は引き続き大きな懸念事項である。

 

3 原文では、Return on excess of assets over liability (ROEに類似した指標か。)
2|年金基金分野
年金基金分野のリスクカテゴリー分類は、保険分野と類似しているが、以下のような相違点がみられるので、リスク評価項目に若干の違いがある。
・年金基金においては貯蓄性が強いこと
・確定給付型年金では、責任準備金を対応資産でカバーできていることに重大な関心があること
〇マクロリスクは中程度の水準である。年金基金の主要地域の平均GDP成長率予測は、2024年第4四半期は1.0%(前四半期 1.4%)と低下し、インフレ率の予測は2.3%(前期2.4%)とわずかに下方修正されたが、安定している。保険分野と同様に、経済情勢は依然として不確実である。関税リスクが注目の的であり、その一時停止や交渉の進展により、想定よりは穏やかな経済環境ではあったが、今後とも予断を許さない。

〇信用リスクに関しては中程度のレベルで、引き続き安定している。

〇市場と資産の収益リスクは、依然として高水準である。特に株式市場のボラティリティが高く、債券市場のボラティリティは低下した。2025年第1四半期末時点における、総資産に占める債券の構成比の中央値は55.2%で、前四半期末からほぼ横ばいである。株式は24.9%(前四半期末25.9%)であった。不動産価格は2024年第4四半期末に0.5%上昇した。年金基金全体の利回りは2024年は平均6.6%(2023年は8.0%)とプラスであった。(増大から横這いに見通しを変更)

〇流動性(資金調達)リスクは中程度で増加傾向にある。2025年第1四半期の金利上昇を受けて、デリバティブ時価総額は減少している。流動性資産比率は2025年第1四半期末は52.2%とほぼ横ばいであった。また流動性指標としての流入(拠出金)/流出(給付金等)は中央値108.1%と安定している。

〇確定給付型基金の準備金と資金調達のリスクは中程度であるが、財務状況はやや改善した。2025年第1四半期の資産の負債超過率(中央値)は19.9%(前四半期17.9%)(中央値)である。

〇集中リスクは中程度である。

〇ESG関連リスクも中程度で安定している。株式・社債のうち気候関連資産のエクスポージャーについては、中央値は横ばいで0.6%であった。社債に占めるグリーンボンドへの投資割合は2024年第4四半期には8.9%(前四半期7.5%)へと上昇した。

〇デジタル化とサイバーリスクは、保険分野同様に、現時点では中程度のレベルにとどまっているが、現在の地政学的状況をみると、サイバー攻撃の脅威は引き続き大きな懸念事項である。

3――おわりに

3――おわりに

保険セクター、年金セクターとも、地政学的リスク、市場リスクあるいは資産運用上のリスクの動きが比較的安定しているとはいえ、綿密な監視と継続的な警戒が必要であるとされている。

 

保険研究部   主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任

安井 義浩(やすい よしひろ)

研究領域:保険

研究・専門分野
保険会計・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴

【職歴】
 1987年 日本生命保険相互会社入社
 ・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
 2012年 ニッセイ基礎研究所

【加入団体等】
 ・日本アクチュアリー会 正会員
 ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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