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コラム

帰省の今とこれから-データで読み解く暮らしの風景

2025年08月05日

(久我 尚子) ライフデザイン

1――データで見る、帰省の現状

「今年のお盆は帰省するの?」

夏が近づくと、こんな会話がぽつぽつと聞こえてきます。一見軽やかに交わされる問いですが、その一言に、ふと立ち止まる人も少なくないのではないでしょうか。

帰りたい気持ちはあっても、仕事の都合や家計のやりくり、親の体調や移動手段の手配など、様々な要素が頭をよぎると、「さて、どうしようか」と思考が止まってしまう。そんな経験をお持ちの方も多いかもしれません。

この10年ほどで、帰省の風景は少しずつ変化してきたように感じます。昭和や平成のころのように「お盆=帰省」という一律の構図は薄れ、それぞれの事情や生活スタイルに応じて、帰るタイミングや、その行為の意味合いも多様化しているのではないでしょうか。

では実際に、どれくらいの人が帰省をしているのか、総務省「社会生活基本調査」のデータを見ていきましょう。ただし、最新の2021年調査はコロナ禍の影響が色濃く出ているため、ここではその前回にあたる2016年のデータを参照していきます。

図1を見ると、全国での帰省率は26.0%ですが、最も高い東京都では36.6%と全国平均を大きく上回ります。一方、最も低い沖縄県では15.5%にとどまっています。そのほか、首都圏の神奈川県(32.4%)や千葉県(30.0%)といった高水準に比べて、青森県(15.6%)や福井県(16.0%)などでは低い傾向があります。なお、コロナ禍の2021年でも、全体的に水準は下がるものの、帰省率は都市部で高く、地方部で低い傾向は同様です。

この違いは単なる地理的条件というよりも、人口構造の違いを映し出しているのでしょう。東京都などの都市部には他地域から移り住んできた人が多く、そもそも帰る場所が別にある人が多い一方で、地元で生まれ育ち、そのまま住み続けている人が多い地域では、帰省という行動そのものが必要とされないケースも少なくありません。
さらに、帰省の頻度と費用の関係を見ると、また別の現実も浮かび上がります。

20代~60代の子育て世帯・単身世帯を対象にした調査によると、帰省にかかる交通費が片道5,000円未満の人では、年に5回以上帰省する割合が半数を超える一方で、費用が高くなるほど、その割合は大きく低下します(図2)。移動時間についても同様で、長くなるほど、帰省の頻度は低下する傾向があります。
興味深いのは、帰省に感じるハードルも移動時間の長短によって異なる点です。移動時間が長くなるほど「お金の余裕がない」という声が増えます。飛行機や新幹線などを使う長距離移動は、時間だけでなく費用もかさむため、経済的な負担が重くのしかかるのでしょう。一方で、移動時間が短くなるほど「時間の余裕がない」という声が増えます。費用や時間の面では比較的負担が軽いはずなのに、帰省のためのまとまった時間を取ることが難しいということなのかもしれません。この背景には、共働きや育児など、日常に追われる都市部のライフスタイルも影響しているのでしょう。

いずれにしても、帰省は「お金」と「時間」の両方の制約を受けており、それぞれの暮らしの状況に応じて調整されている様子がうかがえます。

2――新しい帰省のかたち

とはいえ、ここ数年の間に帰省のかたちには新たな選択肢も生まれてきました。コロナ禍を経てテレワークが広がり、働く場所や時間の選び方が多様になったことで、帰省のあり方も少しずつ変化しています。

たとえば、平日は実家でリモートワークをこなし、休日は家族とゆっくり過ごす、そんな「ワーケーション帰省」というスタイルも実現できるようになりました。調査によれば、旅行先や帰省先でのリモートワークに「関心がある」と答える人は約4割にのぼります1

もっとも、最近では出社回帰の動きもあり、こうした柔軟な働き方が誰にとっても当たり前というわけではありません。それでも「移動しながら働く」「つながりを大切にしながら仕事をする」という新しい暮らし方への関心は、静かに社会の中に根づき始めているように感じます。

実家にWi-Fi環境を整えて長期滞在したり、仕事の合間に親と食事を共にしたり、「会いに行く」という行為から「暮らしのなかで一緒に過ごす」ことへと、帰省の意味は少しずつ変わっているのかもしれません。働き方の変化が、家族との関わり方にも新しい余白をもたらしているでしょう。

また、帰省の目的地にも変化の兆しが見られます。最近では、家族で温泉地に集合したり、高齢の親を自宅のある都市部のホテルに招いたりする「家族旅行型帰省」とも言えるスタイルも目にするようになりました。

背景には、移動の負担を減らしたいという実用的な配慮に加え、特に子育て世帯では共働きが増えていることで日程調整が難しくなっていること(図4)、帰省と旅行を兼ねた柔軟な過ごし方を模索する動きがあるように感じられます。

さらに、親世代の価値観も変化しているのでしょう。特に団塊世代以降のアクティブシニアには、消費や旅行を楽しんできた人が多く、子世代に「実家に来ること」を求めるよりも、「お互いにとって無理のない形で会うこと」を大切にする傾向があるように感じます。

実家ではなく、自宅と実家の中間点に集合して、観光を楽しみながら過ごす。そんな新しい形の帰省は、家族それぞれの生活やスタイルを尊重し合う、今の時代らしい風景なのかもしれません。

かつて帰省とは、「家に帰ること」でしたが、今は「家族に会うこと」や「時間をともにすること」へと、意味の重心が移ってきているように思えます。
 
1 JTB総合研究所「新型コロナウイルス感染拡大による、暮らしや心の変化と旅行に関する意識調査(2023年1月)」にて、今の生活で利用を継続したいこと・減らしたいことのうち、「旅行先や帰省先などでのリモートワーク(ワーケーション)」を「継続したい/機会を増やしたい」(21.4%)と「今後やってみたい/新しく取り入れたい」(17.4%)を合計すると約4割。

3――これからの帰省

これからの帰省を考える時、交通インフラや働き方の変化だけでなく、人口や家族のあり方そのものが変わっていくことを見据える必要があるでしょう。

少子化や未婚化、核家族化の進行により、実家を継ぐ人がいないという家庭も増えています。兄弟姉妹が少ない、あるいはいない世帯や、子どもたち全員が親元を離れて暮らす世帯も珍しくなくなった今、高齢化が進む中で親を見送った後、「帰るべき実家がなくなる」という人も増えていくでしょう。実際、すでに日本の総世帯のうち約4割を単身世帯が占めるようになっており、今後もその割合は高まっていくと予測されています(図5)。こうした社会の変化は、帰省という行為の意味そのものも変えていくのかもしれません。

また、子どもを持たない選択をする人が一定数いるなかで、帰省という行為が家族との往復だけでなく、友人や自分にとって心地よい場所との行き来へと、意味を広げていく可能性もあります。

もともと帰省という言葉は、故郷に帰るという意味を持ちますが、その前提には、地元に家族がいるという構図がありました。しかし、今やその構図自体が変わりつつあります。物理的な帰省が難しい人にとっては、オンライン上のつながりが再会の形を担うこともあれば、思い出の土地や、かつて暮らした場所にひとりで足を運ぶことが、自分にとっての「帰る」という行為になることもあるでしょう。

つまり、帰省とはもはや「家族のもとに帰ること」に限らず、自分の原点に触れるような、そんな行為へと、静かに意味を変え始めているのかもしれません。

だからこそ、「帰省する/しない」といった二択ではなく、「どこに、誰に、どんな気持ちで向き合いたいのか」という問いのなかに、これからの帰省の本質があるのではないでしょうか。

統計データは、社会の輪郭やその変化の兆しを私たちに示してくれます。しかし、帰省という行為の意味をどうとらえ、どのような距離感を選んでいくかは、それぞれの暮らしの中で育まれていくものです。

この夏、あなたにとっての「帰省」は、どんな時間になるでしょうか。

生活研究部   上席研究員

久我 尚子(くが なおこ)

研究領域:暮らし

研究・専門分野
消費者行動、心理統計、マーケティング

経歴

プロフィール
【職歴】
 2001年 株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ入社
 2007年 独立行政法人日本学術振興会特別研究員(統計科学)採用
 2010年 ニッセイ基礎研究所 生活研究部門
 2021年7月より現職

・内閣府「統計委員会」専門委員(2013年~2015年)
・総務省「速報性のある包括的な消費関連指標の在り方に関する研究会」委員(2016~2017年)
・東京都「東京都監理団体経営目標評価制度に係る評価委員会」委員(2017年~2021年)
・東京都「東京都立図書館協議会」委員(2019年~2023年)
・総務省「統計委員会」臨時委員(2019年~2023年)
・経済産業省「産業構造審議会」臨時委員(2022年~)
・総務省「統計委員会」委員(2023年~)

【加入団体等】
 日本マーケティング・サイエンス学会、日本消費者行動研究学会、
 生命保険経営学会、日本行動計量学会、Psychometric Society

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