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NISAと老後準備:イデコとの比較から

2025年08月05日

(臼杵 政治)

2024年に発足した新NISA(少額投資非課税制度)は順調に拡大している。今年3月末の口座数は約2,647万、累計買い付け額 は50兆円を超えた (金融庁)。2023年末の旧制度の口座数が2,124万だったことを考えても、利用、普及は加速している。では、その利用目的は何か。日本証券業協会が実施したインターネットのアンケート調査によると1、つみたて投資枠では男性の40代から60代、女性ではほぼ全世代にわたって「将来・老後の生活資金」という回答が最大の項目になっている。成長投資枠でもこの選択肢が「資産形成」とほぼ並んで首位である。
 
私的な老後準備のためのもう1つの制度として、個人型確定拠出年金(以下、イデコとする)がある。6月の年金法制度改正時に拠出上限を引き上げたように現在、企業年金加入者のイデコ利用を推進する政策がとられている。そこで被用者の家計では両者の使い分けが課題となってきた。実際、企業型確定拠出年金(企業型DC)を運営しているある事業主は、企業型DCに加え、イデコやNISAの使い方を教えて欲しい、との加入者の要望が多いという。そこで本稿では、NISA特につみたて投資枠を老後準備にどう使うべきか、イデコと比べながら考えたい。
 
NISA(つみたて投資枠利用時)とイデコの相違を図表1にまとめた。左端から見ると第1の違いは税制である。通常老後準備では、資金拠出時、運用時、払出時の3つのタイミングで税が課されうる。一例として、ある年に100万円の課税前所得をすべて収益率(年利率)10%の運用商品に拠出したとする。給与所得への限界税率が20%ならNISAの場合、最初の投資が80万円(100万円から20万円の所得税を控除)、それに10%の収益の8万円が加わり1年後の可処分所得は88万円になる。
イデコでは最初の拠出額が課税所得から控除されるので100万円全額を投資できる。10万円の投資収益が加わり、1年後の課税前所得は110万円になる。この所得への税率が積立時と同じく20%であれば可処分所得はNISAと同じ88万円になる。ただし多くの場合、一時金への退職所得控除、年金への公的年金等控除などの結果、現役時代よりも低い税率が適用になる。仮に税率が10%なら99万円、非課税であれば可処分所得額は110万円となる。税制だけをみるとNISAよりもイデコが有利なことが多い(年金課税については本誌2025年2月号3)。
      
第2の違いは払出のタイミングである。NISAは何時でも運用商品を売却、現金化し払い出すことができる。他方、イデコは60歳に到達するまで払出ができない。60歳以前に教育資金、住宅資金、医療費などのニーズが生じた際に、払出ができるのはNISAだけである。
 
第3が運用対象である。NISA創設の目的の1つは家計によるリスク資産投資の促進だった。そのため、運用対象を投資信託と株式とし、特につみたて投資枠ではリスク分散やコストなどから、長期投資に相応しい投資信託に限定した。その数は現在約300本である。他方、イデコでは保険や預金も利用可能な上、対象商品の選択は運営管理機関に委ねられており、販売投資信託の数は600本を超えているようだ。なお、運用商品を売却した場合、イデコではその資金を他の商品に再投資できる(スイッチング)のに対して、NISA(つみたて投資枠)ではスイッチングができない4
 
今後、家計はこれらの違いを考慮して両者を使い分ける。例えば、課税所得の水準が高いと、拠出を所得控除できるイデコが有利になる。また60歳に近づくほど、住宅や教育関連の支出は減る上、イデコへの拠出から払出までの期間は短くなる。離転職の際に退職一時金が支給されるため、払出制限がさほど気にならないケースもあろう。反対に所得が低い場合や所得がない専業主婦なら、いつでも払い出せるNISAの方が魅力的だろう。また、企業型DCに加入していると、掛け金額の分だけイデコへの拠出枠が減るので、NISAの活用が選択肢に入る。
 
このようにインフレ下で資産形成の選択肢が増えた現在、従業員の経済的福祉(financial welfare)を改善するには、公的年金と自社の退職給付制度に加え、NISAとイデコを視野に入れたアドバイスが求められる。事業主が外部の専門家などを通じて家計のライフプランニングに応じたアドバイスを提供すれば、従業員のやる気や会社への帰属意識にもプラスだろう。
 
最後に政策的には、可能な限り両者の違いを解消し、より使いやすい方に合わせる方策を検討してはどうか。例えば高齢期の資産取崩段階でもNISAを活用できるよう、スイッチングなどを通じて、低リスク商品に投資する年金型の商品をより広く利用できるようにすることが考えられる。他方、イデコでも積立投資枠のNISAにならって、どの商品が長期投資に相応しい投資信託かを示すことを通じて、利用者の選択を容易にすることが考えられるのではないか。
 
 
1 「新NISA開始1年後の利用動向に関する調査結果(速報版)」日本証券業協会
2025年制度改正後の上限は企業年金未加入者が月6.2万円。加入者は月(6.2万円-企業年金の掛け金)
3「繰り下げ受給はなぜ広がらないのか」(年金ストラテジー2025年2月号、ニッセイ基礎研究所) https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=81002?site=nli
売却した商品の購入額を、翌年以降、累計購入額(上限1,800万円)の計算から除外できる。
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