3――主な個別費目の状況~物価高で使途(メリハリ消費)の工夫、利便性重視やデジタル娯楽は定着化
総務省「消費動向指数」では個別費目の指数は存在しないため、ここからは「家計調査」における二人以上世帯の各費目の支出額の対前年同月実質増減率を確認する。
1|旅行・レジャー~海外旅行を含むパック旅行費に回復の兆し、円安への慣れと順応
二人以上世帯の「宿泊料」は、コロナ禍の反動増を経て、2024年以降、おおむね横ばいで推移している(図表4(a))。一方、「パック旅行費」は、2024年は前年を下回る月が多かったが、2025年に入って以降は増加傾向にある。「パック旅行費」は交通費を含み、海外旅行の動向にも左右されやすい。よって、需要自体はあっても、円安による割高感から海外旅行が抑制されていたことで、これまでは「パック旅行時」全体が低迷していたと考えられる。一方で、進行していた円安が一旦落ち着いたことに加え、消費者の間には円安は今後も続くものという受け止めが広がり、「今のうちに行っておこう」という意識も後押しとなることで、「パック旅行費」全体が改善傾向を示しているのではないだろうか。
レジャー関連支出は、2024年以降、前月を上回る月が多い(図表4(b))。2024年1月以降のそれぞれの増減率の平均値を見ると、1割前後の伸びとなっている。
先に示した通り、物価上昇により可処分所得に制約がある中で、二人以上世帯では生活必需品の支出を抑える一方、娯楽関連の消費は維持する傾向がある。パック旅行費をはじめ旅行・レジャー関連支出が堅調に推移している様子からも、日々の生活に関わる支出を工夫しながら、楽しみに対しては前向きに選択するメリハリをつけた姿勢がうかがえる。
2|交通~価格上昇でも公共交通機関より自由度の高いカーシェアが選好、バス・タクシーは供給不足も
「鉄道運賃」や「バス代」などの交通費は、2023年までは前年を上回って推移していたものの、2024年以降は前年を下回る月が目立つようになっている(図表4(c)・(d))。一方で「レンタカー・カーシェアリング料金」は、おおむね前年を上回って推移している。国内旅行や遊園地などのレジャー消費が堅調に推移していることを踏まえると、公共交通機関と比べて自由度の高い移動手段を選好する傾向が強まっている可能性がある。
なお、いずれの項目も消費者物価は上昇傾向にあるが、なかでも公共性が低く、コスト増が価格転嫁されやすい「レンタカー料金」は、2023年に他の項目と比べて特に大きく上昇している(図表5)。
また、「バス代」や「タクシー代」の支出額の低迷については、供給制約の影響もあげられる。以前から高齢化に伴う運転手不足が課題とされていたが、コロナ禍において退職者が増えたまま、新規採用が進んでいない状況がある。実際、厚生労働省「令和5年賃金構造基本統計調査」によると、「道路旅客運送業」の平均年齢は56.3歳であり、全産業平均(民・公合計)の43.6歳対して一回り年上である。よって、インバウンドの勢いも増す中で供給が追いつかず、日本人の需要に十分に応えられていない可能性もある。
3|アパレル・メイクアップ用品~スーツ需要の弱まり、女性服・メイクアップ用品は比較的堅調
「男性用スーツ」は、新型コロナの5類移行後、初めて迎えた新年度である2024年春に一時的な伸びが見られたものの、年後半以降は前年を大きく下回る月が目立っている(図表4(e))。近年進むオフィスウェアのカジュアル化やテレワークの定着により、スーツ需要の縮小傾向は強まっている。一方、「女性用洋服」は、この2年ほど大きな変動はなく、おおむね横ばいで推移している。
「ファンデーション」や「口紅」などのメイクアップ用品は、2024年以降は回復基調が弱まっているが、前年を上回る月が多い(図表4(f))。
4|食事~外食は回復基調が継続、物価高で高価格な食品は買い控えも利便性食品は堅調を維持
2024年以降の外食における「食事代」と「飲酒代」は、コロナ禍の反動増があった2023年と比べると伸び率こそ緩やかになっているものの、依然として前年を上回る水準で推移している(図表4(g))。また、「飲酒代」の方が「食事代」と比べて増加率が高く、改善傾向が強い。
内食(自炊)の穀類については、「パン」がおおむね横ばいで推移する一方で、「米」や「パスタ」、「即席麵」はコロナ禍の巣ごもり生活により一時的に増加した後、その反動で減少し、2024年夏頃にかけて増加率が高まったが、足元では落ち着きを見せている(図表4(h))。
なお、2024年夏にかけては「米」を中心に穀類全体の消費が伸びているが、これは、米不足への懸念や価格上昇を背景にした買い込み需要に加え、「米」の代替品として「パスタ」や「即席麺」などの他の穀類への需要も高まったことが要因と考えられる。あらためて二人以上世帯における「米」の月平均支出額と価格指数を確認すると、どちらも昨年と比べて2倍程度に増えている(図表6)。
なお、米については、価格上昇や需給のひっ迫感を受けて、政府による備蓄米の放出が2025年3月下旬から随時実施されており、こうした対応が今後の消費行動や価格にどう影響するのか、丁寧に見ていく必要がある。
このほか、内食や中食に関連する品目の動向を見ると、いずれもコロナ禍による増減を経ながらも、「生鮮肉」は2022年以降、前年を下回る状況が続いている(図表4(i))。一方で、「冷凍調理食品」は2024年以降、前年を上回る水準で推移しており、回復基調が続いている。また、名目値ではあるが「出前」も堅調な推移を示している。
「生鮮肉」の減少については、物価高が続く中で、比較的高価格な食材の購入を控える動きが背景にあると考えられる。一方、「冷凍調理食品」や「出前」など利便性の高い食事需要が落ち込んでいないのは、単身世帯や共働き世帯の増加といった中長期的な世帯の構造変化により、利便性を重視する志向が一段と高まっているためと見られる。
5|デジタル娯楽~物価高でも抑制対象ではない、デジタルコンテンツは生活に定着
電子書籍や音楽・映像・ゲームソフトといったデジタルコンテンツに対する支出額は、コロナ禍による一時的な増減を経ながらも、前年と同様、あるいは上回る水準で推移している(図表4(j))。特に足元では「DL版の音楽・映像、アプリなど」の増加率が高い。これらは名目値であるため、実質ベースでは物価上昇の影響を受けている可能性があるものの、支出額そのものが大きく減少しているわけではない点は注目に値する。
足元では「電子書籍」に下向きの動きも見られるが、インターネット上には無料コンテンツや低価格の代替サービスが数多く存在する中でも、消費者は一定の支出を維持しており、こうした傾向は、デジタルコンテンツが生活の中で一定の価値を持つものとして定着していることの表れと言える。
生活研究部
上席研究員
久我 尚子(くが なおこ)
研究領域:暮らし
研究・専門分野
消費者行動、心理統計、マーケティング
プロフィール
【職歴】
2001年 株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ入社
2007年 独立行政法人日本学術振興会特別研究員(統計科学)採用
2010年 ニッセイ基礎研究所 生活研究部門
2021年7月より現職
・内閣府「統計委員会」専門委員(2013年~2015年)
・総務省「速報性のある包括的な消費関連指標の在り方に関する研究会」委員(2016~2017年)
・東京都「東京都監理団体経営目標評価制度に係る評価委員会」委員(2017年~2021年)
・東京都「東京都立図書館協議会」委員(2019年~2023年)
・総務省「統計委員会」臨時委員(2019年~2023年)
・経済産業省「産業構造審議会」臨時委員(2022年~)
・総務省「統計委員会」委員(2023年~)
【加入団体等】
日本マーケティング・サイエンス学会、日本消費者行動研究学会、
生命保険経営学会、日本行動計量学会、Psychometric Society
レポートについてお問い合わせ
(取材・講演依頼)