2024年時点でオンラインデリバリー市場の規模は1兆6,000億元(約32兆円)を越え、過去5年でおよそ3倍に拡大している。オンラインデリバリーのユーザー数は5億9,000万人と、全インターネット利用者11億1,000万人のおよそ半分に上る。新型コロナウイルス禍により非接触型の消費が拡大し、さらに割引きキャンペーンの普及により、実店舗よりも安価に利用できる利便性から、学生や働く世代を中心に利用が浸透した。デリバリーサービスは人々の日常に深く根付いている。
市場の成長とともに、ドライバー数も上位2社でおよそ1,000万人に達し、コロナ禍以降は年齢を問わず失業の受け皿としての役割も果たしている。しかし同時に、京東が指摘するような課題があるのも事実である。市場の急成長はドライバーの長時間労働を引き起こし、遅配に関する過度な罰金制度
4による交通事故やケガの多発、その保障をめぐってトラブルも多発するなど労働環境の問題が顕在化した。そのため、次第にドライバーの労務改善、権利保護、ケガ・病気・老後保障などのリスク保障(社会保険の加入)が重要な課題として認識されている。
特に、ドライバーの社会保険未加入問題については、政府が2017年頃から取組みを開始している
5。プラットフォーム経済の成長を支える非正規労働者にも公的年金や医療保険への加入を促進し、さらに、労災保険、失業保険についても保障のあり方を検討してきた。2021年には、業務を委託する側のプラットフォーマーにもドライバーの社会保険適用について一定の責任があるとした
6。プラットフォーマーは直接の雇用契約のないギグワークのようなドライバーについてもその対応を考える必要に迫られたのだ。
その一環として、政府は2022年7月から、ライドシェアやデリバリー業務に従事するギグワーカー向けに業務中のケガ・疾病・障害保障についてのパイロット事業(「職業傷害保障」)を実施している。北京市、上海市、江蘇省など7地域で、美団や餓了麼など7つのプラットフォーマーを対象とし、既存の労災保険から切り離された、ギグワーカーのためのもう1つの労災保険を運営している(片山2025a)
7。保険料に相当する費用はプラットフォーマーが負担している
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このような状況の中で、京東は市場参入の翌月に、正社員のドライバーには年金、医療、生育
9、労災、失業の5つの社会保険への加入に加えて、住宅補助金も提供すると発表した(図表1)。また、京東はドライバーの手取り収入を確保するために、本来であれば個人が支払う社会保険料分も企業が負担する方針を打ち出した。
ただし、京東と雇用契約がないギグワークのドライバーについては、民間の傷害保険、医療保険を提供するにとどまり、社会保険の適用は想定されていない。京東で正社員のドライバーとして働く場合、社会保険料は個人負担分まで免除され、その分収入を確保でき、社会保険で保障される多くのリスクに備えることが可能となる。その一方で、(正社員ではない)ギグワークのドライバーは、ケガや病気などについては民間保険(団体保険)での保障は可能であるものの、年金などその他の社会保険への加入は考慮されないことになる。なお、2025年6月1日時点で、京東の正社員のドライバーはすでに10万人を突破し、当初の予定よりも2ヶ月前倒しで達成している。これを受けて、京東は今後短期間でドライバーの規模を15万人まで増やす予定としている。
一方、745万人のドライバー
10を抱える美団については異なるアプローチを取っている。美団は早くより政府と連携し、ギグワークのドライバーの社会保険適用を模索してきた。例えば、前述の職業傷害保障にも2022年の試行当初から参加し、これまでに600万人分の費用を負担している。さらに、2025年4月には、公的年金制度への加入を促進するために、年金保険料の半分を補助すると発表した。これは京東が3月に正社員のドライバーの募集と社会保険適用を発表したことに対する対抗措置との見方もある。なお、この場合の年金保険料率は、ギグワーカーなど非正規労働者向けに低減されたものが適用される。既存の年金保険料率は雇用主が16%、個人が8%の合計24%であるが、非正規労働者向けには年金保険料全額を個人が負担し、20%となっている。ただし、低減されたとはいえ個人による20%の負担は重く、これまで普及が進んでいなかった。このため、美団は福建省の泉州市と江蘇省の南通市で年金保険料の補助を試験的に導入するとした。対象となるのは直近6ヶ月の給与のうち3ヶ月以上が社会保険料の最低納付基準額(前年の当該地の在職職員の平均給与の60%)に達していない所得が相対的に低いドライバーである。また、出稼ぎ労働者が多い点からも保険料を納付する地域も選択可能とした(片山2025b)
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