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コラム

中国「親ガチャ」就活?-2億円預金で大手企業インターン

2025年06月27日

(片山 ゆき) 中国・アジア保険事情

毎年この時期になると、中国では新卒者の就職難が社会問題として取り上げられる。2025年は、大学生・大学院生などの新卒者数が過去最多の1,222万人に達する見込みであり、雇用環境の厳しさが一層深刻化している。就職難の中、学生たちは就職に有利な実績を得るために企業でのインターンシップに積極的に参加しているが、その加熱ぶりが新たな問題を引き起こしている。

2025年5月、中国の興業銀行のプライベートバンキング部門が微信(WeChat)の公式アカウントで発表した「エリート企業インターンシッププログラム」が物議を醸した。このプログラムは、一定額の高額預金をした顧客の子どもが、世界的な金融機関や大手テック企業、自動車メーカーなどでインターンを経験できるというものである1。具体条件としては、新規顧客が1,000万元(およそ2億円)以上を預金するか、既存の顧客の場合は500万元以上追加で預金した場合としており、インターンシップ期間中はその資金を移動してはならないというものだ。

この「預金とインターンシップの交換」は、SNS上で「富裕層優遇」、「金融VIPルート」として大きな批判を浴びた。特に、就職戦線が過熱する中で、努力や能力以外の「親の資産」がインターン獲得の決定要因となるような仕組みは、多くの若年層にとって不公平に映ったからである。

実際、大学生・大学院生にとって、インターンシップは内定獲得のための重要なプロセスである。大手サイト・智聯招聘が発表した「2024大学生就職力調査研究報告」によると、すでに内定を得ている学生のうち38.9%が「内定先の業務と関連するインターン経験がある」と回答しており、就職におけるインターンシップの役割の大きさがうかがえる(図表1)。また、就職する前に1回以上のインターンシップ経験がある学生は全体の78.4%を占めている。
さらに、インターネット大手など一部の企業では、卒業の1年前の夏に実施するインターンシップで優秀な人材を囲い込む早期採用が一般化しており、新卒者にとってはその前段階である春にインターンシップの研修生として選考されることが重要な意味を持つことになる。インターンの機会を巡る競争は早期化・過熱化しており、このようなインターン需要の高まりを背景に、仲介業者による不正な斡旋行為も横行するなど、問題が顕在化している。

前述の興業銀行のインターンシップについては、SNS上での炎上を受けて、インターン先として名が挙がっていた企業の一部が即座に反応した。バイトダンス(TikTokの親会社)は「すべての採用は会社の基準と規則に準拠して行う」と明言し、関与を否定した。興業銀行も翌日には声明を発表し、説明が不十分であったことを認め、「第三者機関にインターンの運営を委託しており、本人が選考されるかは面接した各企業が決定する」と釈明した。さらに、当該プログラムの運営を一時停止する方針も示した。

プライベートバンクは、富裕層を主な顧客とし、資産管理や運用をはじめとする手厚いサービスを提供する金融機関である。中国においては、国有銀行、民間銀行、地方銀行などがそれぞれプライベートバンク業務を展開しているが、各行の投資・運用能力に大きな差は見られず、現行の低金利環境下では、金融商品だけで顧客の関心を引き留めることは難しい状況にある。

このような背景の下、各行が差別化を図るために重視しているのが、金融以外の付加価値サービスである。多くの富裕層は一人っ子世代の子どもの教育や健康管理に高い関心を持っており、プライベートバンク各行は、子ども向けのサマーキャンプの企画、学校入学の手続き支援、大学進学の申請代行、さらには卒業論文の執筆支援など、多岐にわたる教育関連サービスを提供している。健康面においても、著名な医師を招いた定期健康診断など、非金融領域の支援が拡充している。

インターンシッププログラムも、これまで非金融サービスの一環として展開されてきたと考えられる。しかし、今回のような親の資産状況が高水準のインターンシップ機会の獲得に直結する仕組みは、機会の公平性への疑念を招き、大きな社会的反発を引き起こす結果となった。就職活動においては本来、公平性が確保されるべきであるが、現実には経済力の格差が機会への格差へとつながっている。過酷な受験戦争に耐えて大学・大学院を卒業しても、親の経済力という「見えない壁」が就職機会を制限するという構造は、多くの若年層に無力感や閉塞感をもたらしている。今回の騒動もそんなやり切れない思いが引き金となったのであろう。また、今回の興業銀行の事例は、こうした格差構造がSNSを通じて可視化され、公共的な議論の対象となることで、企業の行動や制度運営に対する新たな規律圧力が生まれつつあることも示唆している。
 
1 モルガン・スタンレー、グーグル、マイクロソフト、バイトダンスなど。

保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

片山 ゆき(かたやま ゆき)

研究領域:保険

研究・専門分野
中国の社会保障制度・民間保険

経歴

【職歴】
 2005年 ニッセイ基礎研究所(2022年7月より現職)
 (2023年 東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了) 【社外委員等】
 ・日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
 (2019~2020年度・2023年度~)
 ・生命保険経営学会 編集委員・海外ニュース委員
 ・千葉大学客員教授(2024年度~)
 ・千葉大学客員准教授(2023年度) 【加入団体等】
 日本保険学会、社会政策学会、他
 博士(学術)

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