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東南アジア経済の見通し~政策対応で内需は底堅いが、外需は不透明感増し、景気減速へ

2025年06月23日

(斉藤 誠) アジア経済

2.各国経済の見通し

2-1.マレーシア
マレーシア経済は昨年、内外需の改善を背景に通年の成長率が前年比+5.1%(2023年:同3.6%)となり、政府予測の+4.8%~5.3%の範囲内におさまった。一方、2025年1-3月期の成長率は前年同期比+4.4%となり、3四半期連続で減速した。(図表5)。

1-3月期は輸出鈍化が成長率低下に繋がった。外需は、電気・電子機器の出荷は依然好調であり、またインバウンド需要の回復も続いているが、鉱業製品の出荷が減少して財・サービス輸出(同+4.1%)が鈍化した。一方、財・サービス輸入(同+3.1%)は緩やかながらも活発な投資活動を反映して資本財を中心に増加した結果、純輸出の成長率寄与度(+0.8%ポイント)が縮小した。内需については、総固定資本形成(同+9.7%)は新規および既存プロジェクトの実行により大幅に増加した建設投資(同+13.4%)を中心に高成長を維持した。一方、民間消費(同+5.0%)は労働市場の改善が続く中、最低賃金や公務員給与の引上げなどの所得関連政策が追い風となり堅調に推移した。

先行きのマレーシア経済は、4-6月期まで米国向けの前倒し輸出が押し上げ要因となるが、年後半は半導体関税の発動や需要の先食いの剥落、そして世界経済の減速を受けて輸出と投資が落ち込み、成長率が低下すると予想される。米国の予測困難な関税政策や米中貿易摩擦の継続により、世界経済の不確実性は一段と高まっている。このような環境下では、貿易開放度の高いマレーシアの財貨輸出は相応の下押し圧力がかかるとみられる。もっとも、サービス輸出はインバウンドの回復により増加傾向を続けるとみられる。内需については、投資は新産業マスタープラン(NIMP2030)の下でのイニシアチブの実施や公共事業の継続的拡大が下支えとなるが、世界的な不確実性の高まりから企業の投資マインドが冷え込み、民間部門を中心に鈍化するだろう。また民間消費は労働市場の安定、公務員給与引上げや最低賃金上昇などの所得関連政策により消費は底堅い伸びが続くだろう。

金融政策は、マレーシア中銀が2022年5月から段階的に利上げを実施し、政策金利を1.75%から3.00%まで引き上げた後、12会合連続で据え置いている(図表6)。5月の消費者物価上昇率は前年同月比+1.4%と、昨年から低水準で安定しているが、先行きは7月の電気料金の引き上げや売上サービス税(SST)の対象拡大、年後半の燃料補助金の削減によってインフレ率が+2%台まで上昇する可能性がある。マレーシア中銀は今後、米国の貿易政策の影響で景気の減速感が強まる中で年後半に1回の利下げを実施すると予想する。その後は経済情勢の変化を見極めるための様子見期間を経て、追加利下げの可否を判断するとみられる。

実質GDP成長率は、2025年が年後半の外需の悪化が下押し要因となり前年比+4.0%(2024年:同+5.1%)と低下し、政府目標の4.5~5.5%を下回るが、2026年が同4.2%に小幅に上昇すると予想する。
2-2.タイ
タイ経済は、昨年前半は+2.0%成長で伸び悩んだが、年後半は輸出の回復と政府支出の加速を受けて+3.1%まで成長が加速した(図表7)。2025年1-3月期の成長率は前年同期比+3.1%となり、前期の同+3.3%から小幅に減速したものの、高めの成長が続いていることが明らかとなった。

1-3月期の成長率低下は消費の鈍化による影響が大きい。まず民間消費(同+2.6%)は前期の同3.4%から鈍化した。国民向け給付金事業第2弾(高齢者約300万人を対象に1万バーツ支給)や買い物振興策といった政府の景気刺激策が実施されたものの、生活費の高騰や消費者信頼感の低下、高水準の家計債務が消費の重石となった。また民間投資(同▲0.9%)は先行き不透明感の高まりや与信の厳格化が響いて低迷した一方、公共投資(同+26.3%)は政府プロジェクトの進展により3四半期連続の二桁成長だった。外需は大きく改善した。まず財貨輸出(同+13.8%)は米国の関税政策に備えた出荷の前倒しにより工業製品の輸出が好調で二桁成長だった。またサービス輸出(前年同期比+7.0%)は堅調な伸びが続いた。一方、財・サービス輸入(同+2.1%)は鈍化したため、純輸出は大幅なプラス寄与(+7.0%ポイント)となった。

先行きのタイ経済は4-6月期まで米国向けの前倒し輸出が押し上げ要因となるが、年後半は半導体関税の発動や需要の先食いの剥落、そして世界経済の減速を受けて輸出と投資が落ち込み、成長率が低下すると予想される。なお米国が現在一時停止中の相互関税の上乗せ分を発動する場合には、景気の下押しが更に強まるだろう。また観光セクターは拡大が続くが、概ねコロナ禍前の水準を回復しており、今後の成長への寄与度は低下するとみられる。内需については金融緩和策や総額1,100億バーツの景気刺激策が下支えとなるが、全体としては鈍い伸びが予想される。民間消費は高水準の家計債務が重石となるが、電気料金の一時的な引下げ措置や金融緩和によって底堅さを保つだろう。投資は景気刺激策により公共事業が増加するものの、先行き不透明感により民間部門を中心に鈍化しよう。

金融政策はタイ銀行(中央銀行)が2022年8月から金融引き締めを開始して政策金利を2.5%まで引き上げたが、昨年10月に景気低迷と低インフレを受けて金融緩和に転じると、足元では政策金利を1.75%まで引き下げている(図表8)。5月の消費者物価上昇率は前年同月比▲0.6%と、天候の回復による食品インフレの鈍化や5~8月までの電気料金の引下げなどから2ヵ月連続で下落している。先行きは政策要因が剥落するとインフレ率はゼロ%台で推移し、中銀の物価目標(+1.0%~3.0%)の下限を下回る推移が続くと予想する。タイ中銀は景気の減速感とインフレ圧力の緩和を受け、年内にあと3回の金融緩和が実施される見込みで、政策金利は年末までに1.0%まで引き下げられると予想する。

実質GDP成長率は2025年が年後半の内外需の悪化により前年比+2.0%(2024年:同+2.5%)と低下し、+3%の政府目標を大きく下回り、2026年が同+1.9%と低成長が続くと予想する。
2-3.インドネシア
インドネシア経済は、2024年は選挙関連支出がGDPを押し上げる形となり、通年の成長率(前年比+5.03%)が3年連続の+5%成長を維持したが、政府目標の+5.2%には届かなかった。そして2025年1-3月期の成長率は前年同期比+4.87%となり、前期の同5.02%から低下して2四半期ぶりに+4%台の成長となった(図表9)。

1-3月期は内需の鈍化が成長率低下に繋がった。まず民間消費は前年同期比+4.89%(前期:同+4.98%)と低下した。賃金の伸び悩みやこれまでの金融引き締めの影響による家計の購買力低下が影響した。また政府消費(同▲1.38%)は昨年の選挙関連支出による高いベース効果や歳入の伸び悩みにより減少した。さらに投資(同+2.12%)は政府の予算効率化の取組みに伴う公共事業予算の削減や支出の遅れによって鈍化した。外需は、財・サービス輸入(同+3.96%)が鈍化する一方で、米国の関税政策に備えた出荷の前倒しにより財・サービス輸出(同+6.78%)が堅調に推移し、成長率寄与度は3四半期ぶりにプラスに転じた。

先行きのインドネシア経済は+5%割れの成長が続くと予想する。4-6月期は米国向けの前倒し輸出が押し上げ要因となるが、年後半は需要の先食いの剥落や米国の貿易政策の影響による世界経済の減速を受けて輸出と投資が落ち込み、景気が減速すると見込まれる。輸出の先行きは米国との交渉の結果次第だが、直接的・間接的な影響を踏まえると財貨輸出への打撃は避けられないだろう。内需については、政府支出や金融緩和の効果が下支えとなりそうだ。25年度予算では学校給食無料化(71兆ルピア)を含む福祉政策を優先しているが、3月に入って予算効率化の影響で削減されていた公共事業が再開するなど全体のバランスが改善しており、公共投資が持ち直していくとみられる。一方、民間投資は先行き不透明感から低迷するだろう。民間消費は賃金の伸び悩みや消費者マインドの悪化の影響を受けるものの、景気刺激策や金融緩和が下支えとなって底堅い伸びを続けるだろう。

金融政策はインドネシア中銀が22年8月から段階的に金融引締めを実施し、政策金利(7日物リバースレポ金利)を6.25%まで引き上げていたが(図表10)、昨年9月の会合で金融緩和に踏み切ると、5月までに計3回の利下げを実施して政策金利を5.5%まで引き下げている。5月の消費者物価上昇率は前年同月比+1.6%と、食品価格が緩和して物価目標(+1.5~3.5%)の下限付近で推移している。先行きは景気刺激策として6~7月に交通機関の運賃割引を実施するなどインフレ圧力が和らぐものの、概ね+2%台の穏やかな伸びが続くと予想される。インドネシア中銀はインフレ率と通貨ルピアの安定性に注意しつつ、景気下支えを目的に、今後も段階的な利下げの可能性を探っていくとみられる。政策金利は25年末にかけて5.0%まで引き下げられると予想する。

実質GDP成長率は2025年が前年比+4.8%(2024年:同+5.0%)と低下するが、2026年が同+4.9%と上昇すると予想する。

経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠(さいとう まこと)

研究領域:経済

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴

【職歴】
 2008年 日本生命保険相互会社入社
 2012年 ニッセイ基礎研究所へ
 2014年 アジア新興国の経済調査を担当
 2018年8月より現職

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