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中国就職・転職事情-DeepSeekの台頭と広がる淘汰の危機感【アジア・新興国】中国保険市場の最新動向(69)

2025年06月17日

(片山 ゆき) 中国・アジア保険事情

中国では就職難が続いている。就職・転職しにくい状況は昨年よりさらに悪化し、現在および将来の就職のしやすさを示す「就業マインド指数」が低下、将来への期待も押し下げている。この時期は大学生・大学院生など新卒者の就職が注目されるが、すでに働いている人々も厳しい状況にある。

中国人民銀行によると1、2024年第4四半期時点で「就職が厳しい・就職難」と答えた人は全体の52.1%を占め、最も多かった(図表1)。「就職状況は良好・就職は容易にできる」とした回答は7.7%で、新型コロナウイルス禍以前(2018年)の半分以下となった。また、就業マインド指数は基準値である50%を大きく下回り、下降が続いている(図表2)。
こうした就職難や雇用不安は収入面にも表れている。2024年第4四半期の当期収入については、「基本的に変化なし」が67.7%と約7割を占める一方、「減少」が増加傾向で20.2%と2割を超えた(図表3)。一方、「増加」と回答した割合は12.1%で、コロナ禍前の半分ほどに減少している。

このような状況を反映するように、当期および将来収入へのマインド指数も基準値を下回り、下降が続いている(図表4)。雇用・収入不安の広がりの中で、政府が推進する内需拡大や消費刺激策はその効果を見通すことができず、厳しい状況が続くと思われる。
では、就職難や収入不安が広がる中で、転職の動向はどうなっているのか。大手転職サイトである智聯招聘の調査「2025年春季転職情況調査研究報告」(有効回答件数37,980件)によると、転職理由で最も多かったのは「現在の給与、福利厚生制度に不満がある」(48.1%)であった。次いで「企業の将来見通しが不透明で、事業が縮小傾向にある」(35.3%)、「トップ・上司からのプレッシャー、パワーハラスメント」(27.7%)が上位となった(図表5)。
現在の雇用条件への不満に加えて、経済成長の鈍化に伴う企業業績の悪化や業務縮小を懸念しての転職が増加している。また、プレッシャーなどが理由に挙がる点も、中国社会の現状を映していると言えよう2

なお、転職による収入への期待については約75%が「上昇」を期待しており、そのうち「20~50%未満の上昇」を期待する人が40.4%と最も多かった(図表6)。将来収入へのマインドは低下しつつあるものの、転職による給与上昇への期待は根強い状況にある。

また、転職希望先については、32.5%がIT関連(IT、通信、電子、ネット)を挙げ、次いで自動車・生産・加工・製造業が27.8%であった(図表7)。一方で、これまで転職の受け皿として機能していた不動産、教育、金融業は大きく後退している。
中国政府は「AI+(AIプラス)」政策を掲げ、人工知能(AI)と製造業をはじめとする各産業を深く結びつけ、経済の高度化を目指している。AI人材はまさに今後必要とされる人材であるが、当該調査においても将来就職したい新興産業として、AIが49.2%と最も多かった。

その一方で、中国のAI開発企業DeepSeekによる低コスト・高性能な生成AIモデルが社会に実装されつつある点が、労働者に淘汰の危機感を与えている。例えば北京市、深圳市、広州市などの公的機関では相談窓口での対応や公的文書の作成・校正などにAIが活用されている3。DeepSeekなどの台頭をどう思っているかについては、「技術革新は業務効率化に役立っている」との回答が41.1%である一方、「新たな技術が進歩することで、自身が淘汰されるのではないかと心配」との回答も36.1%を占めた(図表8)。加えて「大きな影響を受け、長年積み上げた業務経験が無になった」との回答が14.7%と影響も出始めている。顧客サービス業などを中心に、AI活用による淘汰の危機感が高まっている。
さらに、キャリアアップや給与アップを目指す転職とは別に、仕事のストレスや身体的疲労から、次の就職先を決めないまま退職する「裸辞(中国語)」も定着しつつある。調査によると、次の就職先を決めずに仕事を辞める意向があると回答したのは34.8%(「少し休んでから再就職をしたい」21.2%、「現在の仕事が煩わしい」13.6%)に上った(図表9)。こうした傾向は10年ほど前から見られるが、経済成長による所得の向上、社会のデジタル化、それに伴う働き方の多様化が背景にあると考えられる。

中国における就職・転職難は依然として続いているが、キャリアアップや給与アップを目指した転職は積極的に検討されているようである。さらに、DeepSeekなどAIの活用が広がる中、淘汰の危機感も一層高まっている。その一方で、仕事上のストレスやプレッシャーから、次の就職先を決めないまま辞職する意向の人も一定数存在し、働き方や就職活動の多様化が進んでいる。
 
1 中国人民銀行が全国50都市、およそ2万人の預金口座保有者を対象に調査を実施。
2 高橋紗樹(2025)「若年層のストレス悪化とメンタルヘルス」『日中経協ジャーナル』(2025年6月号)によると、現在、中国では若年層を中心にメンタルの不調を抱える人が増加しており、その背景には厳しい競争社会や景気低迷などがあり、コロナ禍を契機に表面化したとしている。また、長時間労働が不安レベルの増加に影響している点についても指摘している。
3 チャイナネット「各地の政務システムがDeepSeekを導入、何を意味するか?」 http://japanese.china.org.cn/business/txt/2025-02/19/content_117721839.htm2025年2月19日。

保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

片山 ゆき(かたやま ゆき)

研究領域:保険

研究・専門分野
中国の社会保障制度・民間保険

経歴

【職歴】
 2005年 ニッセイ基礎研究所(2022年7月より現職)
 (2023年 東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了) 【社外委員等】
 ・日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
 (2019~2020年度・2023年度~)
 ・生命保険経営学会 編集委員・海外ニュース委員
 ・千葉大学客員教授(2024年度~)
 ・千葉大学客員准教授(2023年度) 【加入団体等】
 日本保険学会、社会政策学会、他
 博士(学術)

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