公益通報者保護法の改正案-不利益処分に刑事罰導入

2025年04月10日

(松澤 登) 保険会社経営

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6――事業者がとるべき措置・行政の権限の充実

1|公益通報対応業務(改正・新設)
現行法・改正法11条1項は事業者が公益通報を自社で受け取った場合において、事実調査をし、是正に必要な措置に従事する者(公益通報対応業務従事者)を定めておく必要がある14

本条に関連して、改正法では、公益通報対応業務従事者を定めていない事業者に対して、内閣総理大臣15は従事者を定めるよう勧告を出すことができる(改正法15条の2第1項)こととされた。そして、事業者が正当な理由なく、勧告に従わなかった場合には必要な措置を命ずることができる(同条2項)。さらにこの命令に従わなかった場合、従わなかった責任者(実行者)に対して30万円以下の罰金が科される(改正法21条2項1号)。これは、現行法下で、実態として公益通報対応業務従事者を定めていない事業者が一定程度存在することを反映したものである16。なお、改正法21条2項1号には両罰規定があり、実行者の勤務先の個人または法人には同額(30万円)の罰金が科される(改正法24条1項2号)。

また、現行法・改正法11条2項により、公益通報者の保護や各種利益の保護にかかわる法令の遵守を図るため必要な体制の整備を行わなければならない。なお、改正法11条2項では自社の公益通報制度の「労働者に対する周知」が行うべき措置として新たに追加された。

これは内部通報制度や窓口の認知度が低く、かつ内部通報制度の存在を知ったことがきっかけで公益通報を行ったとの意見が多かったというアンケート結果を踏まえて、公益通報を促進するために労働者等への周知徹底を求めることとしたものである17
 
14 なお、従業員300名以下の事業者においては、公益通報対応業務従事者を定めることは努力義務とされている(現行法・改正法11条3項)。そのため本文でいうところの勧告・命令は300名超の事業者に限定される。
15 内閣総理大臣の権限は消費者庁長官に権限が委任される(現行法・改正法19条)。
16 前掲注3 報告書p8参照。
17 前掲注3 報告書p9参照。
2|公益通報を阻害する要因への対処(新設)
本項で取り上げる2つの条文は改正法で新規に追加されたものである。

(1) 事業者は、労働者等に対して、正当な理由なく、公益通報をしない旨の合意を求めること、公益通報をした場合に不利益な取扱いをすることを告げることその他の行為によって公益通報を妨げてはならない(改正法11条の2第1項)。これに違反してされた合意その他の法律行為は無効とする(同条2項)。

報告書(p10)によれば、このような規定は比較法的にも先進国で導入されている例が多く、この規定のない現行法では公益通報を躊躇させるおそれがあるとして導入されたものである。なお、正当な理由の例としては、「事業者において法令違反の事実の有無に関する調査や是正に向けた適切な対応を行っている場合に、労働者等に対して、当該法令違反の事実を事業者外部に口外しないように求めることなどが考えられる」とされている。確かに会社として違反疑惑事実を把握しており、調査を進めている際に、調査事実の一面だけ切り取ったような発言を社外でされることは会社による調査にも支障が出るおそれがあるだろう。ただ、報告書自体が述べている通り、隠蔽と捉えられないように限定的な場合にとどめるべきと考えられる。

(2) 事業者は、正当な理由なく、公益通報者である旨を明らかにすることを要求することその他の公益通報者を特定することを目的とする行為をしてはならない(改正法11条の3)。

報告書(p11)によれば、このような行為は「公益通報者自身が脅威に感じることはもちろん、公益通報を行うことを検討している他の労働者を委縮させるなどの悪影響」があるとされ、改正法では禁止することとされた。ちなみに、違反行為に刑事罰は科されていない。ここで正当な理由のある場合として、報告書(p12)では、公益通報者に詳細な情報を聴かなければ、通報事実について必要な調査が実施できないときが挙げられている。
3|行政の権限の充実(新設・一部改正)18
事業者が公益通報対応業務従事者を定めないときの内閣総理大臣の権限(改正15条の2)については上述した(上記6の1)。

このほか、内閣総理大臣は事業者がとるべき措置(改正法11条1項)に関連して、事業者(従業員300名超の場合に限る)に対する報告徴求、職員立入による物件の検査を行えるようになった(改正法16条1項)。なお、改正法16条1項に関連して、不報告、虚偽報告、立入検査の拒絶・妨害・忌避を行った実行者については30万円以下の罰金が科される(改正法21条2項2号)。実行者が役職員の場合は、法人又は個人事業主に同額の罰金が科される(改正法23条1項2号)。

なお、従業員300名以下の事業者に関しては、改正法11条1項に関して報告徴求のみをおこなうことができる(改正法16条2項前段)。

また、体制整備・従業員への周知(改正法11条2項)に関して、事業者(従業員数にかかわらず)に対して報告徴求を行うことができる(改正法16条2項後段)。
 
18 改正法15条~16条は国及び地方自治体に関しては適用がない(改正法20条)。

7――検討

7――検討

改正法の眼目は、大まかに言えば、(1)公益通報者への不利益取扱いを行った役職員や事業者に刑事罰を科すこととしたこと、および(2)刑事罰を科す代わりに不利益取扱いを現行法より限定した(解雇および就業規則上の懲戒処分)ことである。

以前、筆者は法務担当者としてさまざまな業種の会社の法務部長と定期的に情報交換する機会があった。そこで公益通報制度に関する事業者サイドの悩みとして聞いたのは、業務能力が担当職務の水準に達していない者や会社経費、特に接待費の使い方に問題がある者などが、あえて公益通報をすることで異動を拒否しつづけるといった事例である。公益通報が全く根拠のないものであれば、事業者として異動命令を出すことができる。しかし、ハンドブックでは適用外と明示しているものの、上述の通り、一般に企業ではセクハラ・パワハラも一体として公益通報として取り扱っている事情が多いところ、これらのケースでは関係役職員19がパワハラをしたとの通報が多く行われていた。そのため不利益取扱いに該当するのではないかと事業者が考え、業務に支障をきたしながらも現所属で勤務させざるを得なかったというものである。

今回の改正法では、不利益取扱いは解雇及び就業規則上の懲戒処分に限定されるため、業務処理能力水準にあった所属への異動や対外応接を必要としない所属への異動が可能になる。ただ、いうまでもなく、正当な公益通報である場合に、いわゆる「追い出し部屋」等に異動させることは解雇に準ずる行為として厳に控えなければならない。また、このような行為が保護法の趣旨に著しく反するような場合は、人事権の濫用として損害賠償等の対象ともなると考えられる。

他方、従業員サイドから見ると、公益通報の結果、「追い出し部屋」ではなくとも、望まない部署への制裁的な異動を命じられる懸念が出てくる。たとえば営業関係の担当者がシステム部門に異動したり、投資業務関係の担当者が営業部門に異動したりというものが挙げられる。これには職員にさまざまな職務を経験させたいという会社サイドの正当なニーズもあり、かつ若手・中堅であれば思考の柔軟性もあるため順応は可能であろうかと思う。他方、長年、営業関係しかしていなかった職員が事前準備なくシステム部門の実行部隊へ配置されるようなケースでは、実際上、業務は何もできない。損害賠償を請求するには、コストも時間、あるいは心理的な負荷もかかる訴訟に訴えなければならない。

労働関係諸法の法律条文にもみられる通り、会社と従業員個人とでは折衝力に格差がある。このあたりに鑑みると、刑事罰で担保したいがために不利益取扱いを限定した今回の改正が、角を矯めて牛を殺すことにならないか懸念も残らないではない。
 
19 通報された職員が直属の上司ではないので、異動による解決というのも図りづらかったとのことである。なお、いずれも通報事実がパワハラかどうかは微妙な案件ではあったとのことであった。

8――おわりにかえて

8――おわりにかえて

最後に、公務員について述べることでおわりに代えたい。一般職の公務員(国家公務員、国会職員、自衛隊員、地方公務員)については、各法律(一般の地方公務員であれば、地方公務員法)では、分限・懲戒処分は法律に定める事由でなければこれを行うことができない(地方公務員法27条、28条)とされている。

現行法9条では公益通報を理由として、一般職公務員を免職その他不利益な取扱いをすることのないよう、法律を適用しなければならないとされている。改正法9条では改正法3条1項(労働者に対する不利益取扱いの禁止等)が直接適用されることとされた。したがって、一般職公務員に対して公益通報をしたことを理由として解雇その他の不利益(この場合、分限・懲戒処分)をしてはならないことが明確化された20

各自治体では条例等で公益通報制度を導入している。たとえば東京都では、「公益通報の処理に関する要綱」21が制定されている。都では全庁窓口、各局窓口及び弁護士窓口が公益通報を受付け(要綱7条)、調査を行い(要綱9条)、是正措置を実施する(要綱10条)こととされている。責任者は局長である(13条)。また、重要な点として、利益相反関係の排除(要綱16条)があり、利益が相反する都庁職員は通報の処理に関与しないこととされている。

この点、消費者庁の公益通報者保護法に基づく指針22(p8)では、組織の長その他幹部に関係する事案については、これらの者からの独立性を確保する措置を取ることとされている。また、同じく指針(p10)では利益相反の観点から、事案に関係する者を公益通報対応業務に関与させない措置をとるとされている。

このあたり、兵庫県の事案ではどうであったのかとは思うところである。個別案件について述べることは本旨でないので、本稿はここまでとしたい。
 
20 同条2項でいう解雇等不利益処分が無効であること、同条3項の通報の日から一年以内になされた解雇等不利益処分は公益通報を理由とするものと推定するとの規定の適用はない。
21 https://www.soumu.metro.tokyo.lg.jp/documents/d/soumu/2030_koekituhoyoko 参照。
22 https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_partnerships/whisleblower_protection_system/overview/assets/overview_211013_0001.pdf 参照。

保険研究部   取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登(まつざわ のぼる)

研究領域:保険

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴

【職歴】
 1985年 日本生命保険相互会社入社
 2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
 2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
 2018年4月 取締役保険研究部研究理事
 2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
 2025年4月より現職

【加入団体等】
 東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
 東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
 大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
 金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
 日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

【著書】
 『はじめて学ぶ少額短期保険』
  出版社:保険毎日新聞社
  発行年月:2024年02月

 『Q&Aで読み解く保険業法』
  出版社:保険毎日新聞社
  発行年月:2022年07月

 『はじめて学ぶ生命保険』
  出版社:保険毎日新聞社
  発行年月:2021年05月

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