コラム

ファイナンシャル・ウェルビーイングについて(2)-金融行動との関係性…保険商品に着目して

2025年03月27日

(西久保 瑛浩) 消費者行動

1.はじめに

前編(「ファイナンシャル・ウェルビーイングについて(1)-基本的な概念と枠組み」では、ファイナンシャル・ウェルビーイング(以下「FWB」)に関する基本的な情報を整理したが、本稿ではFWBと金融行動、とりわけ保険商品による「備え」との関係性について考察したい。

2.「経済的な豊かさ」の実感について

FWBに関連する公的統計の1つとして、金融広報中央委員会が実施している「家計の金融行動調査」に「経済的な豊かさ」の実感の程度を問う設問がある。

2023年調査時点では、「経済的な豊かさ」を実感している割合(「実感している」と「ある程度実感している」の計)は39.4%であった。2007年調査以降の時系列でみても、長期的には「経済的な豊かさ」の実感は4割程度をほぼ横ばいで推移している。

なお、この設問は「生活感覚として"経済的な豊かさ"について、どのように実感しているか」という内容で、明確に言及はないが回答者の「現在」(回答時点)への認識を問うものとなっている。前編でも紹介したとおり、FWBはその定義 に「将来」への視点を含む概念であるため、ここでいう「経済的な豊かさ」はFWBのうち「現在」という一部の側面を捉えたものといえる。
また、同調査では「経済的な豊かさを実感する条件」(2つまでの複数回答)の設問もあり、「ある程度の額の金融資産の保有」(54.3%)、「ある程度の額の年収の実現」(51.5%)が5割を超えて高くなっており、主観的な「経済的な豊かさ」の実感には、やはり金融資産や収入の影響が強いことがわかる。
では、長年4割程度を推移している「経済的な豊かさ」の実感度や、それを含むFWBを向上させるには、果たしてどのような行動が必要になるのだろうか。上記「経済的な豊かさを実感する条件」の設問では資産・収入・消費に関する選択肢挙げられているが、本稿では改めて、もう少し幅広に考えてみたい。

3.FWBと金融行動の関係性について

図表3にて、しばしば挙げられる5つの代表的な金融行動(「使う」「備える」「貯める」「増やす」「借りる」)に収入の要素「稼ぐ」を加え、それぞれとFWBの関係性を筆者の主観にて大まかに整理した。なお、整理にあたってはFWBをCFPB(2015)1の提唱する4つの要素に分解している。また、各金融行動の正の効果にのみ着目している。

このように整理してみると、「稼ぐ」や「使う」、「貯める」という最も身近な金融行動も、関連付ける要素によって意味や内容が異なってくることがわかる。また、敬遠されがちな「借りる」という行動がFWBを高める側面を持つことや、昨今注目されている「増やす」ことが確かに「将来」の「選択の自由」を高めるための行為であることも、改めて認識することができる。

そして、本稿で特に着目したいのが「備える」である。保険によって不測の支出に「備える」ことは、まさに「経済的ショックに対応する能力」を高めることであり、FWBの実現に対して効果的な行動とは考えられないだろうか。
 
1 Consumer Financial Protection Bureau(2015)"Financial well-being: The goal of financial education"

4.FWBの登場と保険商品

そこで、新たに登場したFWBという概念が保険商品の立ち位置に対して与える影響について考えたい。

これまで、人々の「経済的な豊かさ」とは、往々にして客観的かつ物質的な意味での「豊かさ」のことを指していた。実際、現在も調査等によって「経済的な豊かさ」を具体的に把握しようとするとき、一般的には収入額や資産額といった、金銭的な価値に基づく情報に着目する傾向がある。その際、特に掛け捨て型の保険商品は、その金銭的な価値の算出の難しさから金融資産としては計上されず、保険金や給付金などの収入も一時的なものとして除外されることが多い。前述の「家計の金融行動調査」においても、掛け捨て型保険の保有状況は把握されていない。

加えて、昨今の資産形成ブームにおいては、従来から保有率の高い預貯金に加え、株式や投資信託などのリスク性金融商品への投資が国を挙げて推進されている。確かに、図表3にも記載したとおり、老後資産の準備などの「経済的な目標を達成」するうえで、まさに金銭的価値としての資産の形成はFWBの実現に寄与する金融行動であるといえる。

しかし、主観的かつ精神的な要素を含むFWBの実現を目的とすれば、資産形成(:貯める・増やす)がその手段の1つに過ぎないことも事実である。したがって、FWBの実現のためには資産形成や収入の増加(:稼ぐ)のみならず、家計管理(:使う)や適度な負債(:借りる)、保障(:備える)などを含めた、総合的・計画的な金融行動の遂行が求められる。
 
そしてその中でも、FWBの1要素とされている「経済的ショックへの対応」そのものを機能とし、FWBの核心といってよい「安心」の提供を使命とする保険商品の存在は、FWBの実現において重要な役割を持つと考えられる。

確かに保険商品は、掛け捨て型であれば加入者が金銭的価値を認識しにくいことや、貯蓄型であれば収益性の点で、資産形成というトレンドの中では株式や投資信託などの金融商品に比べて注目されにくい状況が見受けられる。しかし、不測の事態による支出に対応できるだけの支払い能力を資産形成によって獲得しようとすると、相応の期間を要するうえ、リスクとの付き合いも求められる。つまり、その資産形成を達成するまでの間は「安心」を得られない状態になってしまう。

そのことに鑑みれば、自身が支払い可能な保険料の範囲ではあるが、加入直後から必要な保障が確約される保険商品は、FWBの実現において十分に有用であると思われる。特に、若年層や収入・資産額が少ない層ほど、まずセーフティーネットとして掛け捨て型の保険に加入することの効用は高いと考えられる。
 
また裏を返せば、「資産形成」という文脈においてその価値を訴求することが難しい保険商品こそ、FWBという新たな概念の登場による恩恵を受ける立場にあるとも言える。

つまり、保険業界にとって、顧客に対してFWBという新たな概念とその実現に向けた保険商品の効果を訴求することは、有効な打ち手となる可能性がある。加えて、保険商品や金融関連の付帯サービスを顧客のFWBの向上を軸として体系的に構築・提供することで、顧客エンゲージメントの向上につなげることも期待できる。

こうした意味で、保険業界にとってFWBは利用性の高い概念であり、その登場は追い風であるといえる

5.まとめ

以上、本稿ではFWBの実現手段としての金融行動を整理し、中でも保険商品の立ち位置について考察した。

今回は定性的かつ保険商品にクローズアップした内容に終始したが、今後、FWBと金融商品・金融行動の関係性について、データを用いた分析を行っていきたいと思う。
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