保険会社に対するストレステストの結果公表(2024 欧州)-EIOPAの報告書の紹介

2025年01月31日

(安井 義浩) 保険計理

1――はじめに

EIOPA(欧州保険・企業年金監督機構)は、2024年12月17日、保険のストレステストの結果を公表した1。このテストは、地政学的緊張の再燃による経済的・金融的影響に対処するための、欧州の保険会社の財務的な能力を評価するものである。結果としては、欧州経済領域の保険会社は、概ね充分な資本を有しており、広い範囲にわたるサプライチェーンの混乱、経済の低成長、新たなインフレのショックなどの実際に起こりうるストレスを与えても、ソルベンシーIIの資本要件(SCR)を満たせるという試算結果が示された。

今回は、この報告書の内容を紹介する。

2――報告書の内容

2――報告書の内容

1前提となるシナリオ
今回のストレステストにおいては、欧州の保険会社が、地政学的緊張の激化とそれをきっかけに広範囲にわたり連鎖反応が続く、という以下のような厳しい経済環境シナリオにさらされることとした。

なお、こうした市場へのショックなどについては、EIOPAが、ECB(欧州中央銀行)やESRB(欧州システミックリスク理事会)と共同で想定したものである。これにより整合性を保ちながら、厳しく、かつ実際に起こりうると考えられるシナリオを生成した。

まず、地政学的緊張の再激化あるいは長期化によって、燃料関係のサプライチェーンが混乱し、経済成長率の低下と高いインフレが引き起こされる。

次に、通貨や期間にかかわらず、金利水準に対して市場がもつ期待を再評価せざるを得なくなる。こうした深刻な悪影響が長く続くと、金利の期間構造は、短期金利が長期金利より大きく上昇するようなことになり、イールドカーブの逆転につながることになる。インフレ圧力は時間とともに減少するとみられるものの、経済成長率は悪影響を受け続ける。その結果、融資条件の引き締めと賃金上昇が重なり、経済の低成長となる。これにより、保険会社の収益性も悪影響すると予想される。またこうした見通しの悪化により、信用リスクプレミアムが上昇する。

国債利回りの高さは、高いリスクフリーレートを反映したものであるが、国債利回りの高さは厳しい融資条件にもつながる。以前、新型コロナへの対処で引き起こされていた政府債務の増加と、実態経済への支援であった緩和措置等の影響により、ソブリン債務の持続可能性への懸念が高まり、国によって不均一な国債金利の上昇を招く。

家計の方では、実質所得が減少し、借入コストが上昇する。失業率も高くなり、特に住宅所有者が住宅ローンを返済することが困難になり、債務不履行が増加する。新型コロナによるオフィススペース需要の減少などの構造変化もあって、住宅用不動産の価格は下落する。あるいは逆に、金利の上昇に伴って再び無秩序な価格上昇が引き起こされることも考えられるなど、予測の難しい混乱が起きる。こうした状況下で、他の多くの金融商品の価格も下落し、世界全体で損失が発生することになる。
 
保険会社に対しては、そうした前提の中でおこる事態として、保険契約の大量解約・失効、保険金請求額インフレ(損害保険における物価高騰による保険金支払額の増加)、事業費の増加、保険料収入の減少、再保険によるカバー可能性の変化、などを、さらに想定した試算とする。
2対象となる保険会社の範囲と、可能な2通りのアプローチ
こうした一連のショックの連鎖に対して、保険会社が「十分な資本を保てるかどうか」という点と、「流動性が確保できるかどうか」という、大きくは2点について評価を行った。参加したのは、20か国における48社の保険会社であり、これは総資産ベースで欧州経済領域の75%を占める規模となっている。試算の対象日は2023年12月31日としている。
 
与えられたストレス後の資本と流動性ポジションは、2つの異なる方法(というか、必要があれば2段階で、というべきか)で計算される。

最初は、「固定バランスシートアプローチ」で、これは、ストレスに対して「何もしない場合」である。とはいえ、最低限の(自然な?)管理措置のみを実施した場合を見る。

もう一つは「制約付きバランスシートアプローチ」と称するもので、ショックに対応するために、現実的で妥当とみなせる対応措置を実施する、とした場合である。対応措置の種類としては、投資戦略の変更(リスク回避)、配当金支払の留保、増資や資本増強、劣後債の発行、事業経費の管理の厳格化、裁量的給付(筆者注:給付金の削減条項などがあるケースのことか?)があればその適用、再保険戦略の実施、ソルベンシー資本要件(SCR)の計算における許容された変更、などが(このストレステストの結果)挙げられている。
3結果(資本面)
与えられたストレスにより、保険会社は多大な損害を被ることになるが、結果として、保険会社はこのショックを吸収するに足る資本を有していたと評価される。具体的指標としてはSCR比率を見る。2023年12月31日における比率は対象保険会社全体では221.8%であった。上記でいう固定バランスシートアプローチではこの比率は123.3%となり、100ポイント近く低下する、という結果が得られた。これに対し、制約付きバランスシートアプローチにより、何らかの管理措置を取る場合にはこれを139.9%まで回復させることができるという結果となった。

これをもって、厳しいストレスにおいても適応しあるいは状況改善の能力がある、と評価することができるようである。

全体としてはそれでいいのだが、個々の参加保険会社の結果をみると、うち8社が固定バランスシートアプローチの段階では、最低規制資本要件(SCR比率100%)を下回ることとなったが、対応措置を行うことにより100%以上に回復することができるという結果になった。この際多く利用されているのは、資産の売却、配当の留保、何らかの手段による資本の調達である。
4|結果(流動性)
こうしたストレス状況においては、保険解約や保険金請求額インフレによる資金流出額の増加に加えて、保険料収入の減少も発生し、保険会社からの多額の資金流出が引き起こされることになると想定される。

当初、その時点での現金保有額ではこれをカバーすることはできない結果となっていた。しかしこれに対応して、流動性ポジション回復のために一部資産の売却を行えば、これをカバーすることができるようになるとの結果を得た。

流動性確保の観点からは、充分なバッファーを準備しておくか、必要ならば確保できるようにしておくことが重要であると改めて強調されたことになる。
5結果(総合)
なお、このストレステストは、個々の保険会社の合格・不合格の判断を下すためのものではない。こうした結果を踏まえて、各国保険監督当局と保険会社の両者が、地政学的情勢や経済見通しに関する高い不確実性に対応する保険会社の感応度の評価の際に、有益な教訓とすべきものである。
 
現在の経済状況を考慮すると、ストレステストの実施は重要である。また対象範囲を調整することで、保険会社だけでなく、欧州全般の金融機関の安定性の評価にも関連させていくことが今後は求められる。

今回の結果は、資本の充分性に関しては、欧州の保険業界全体では充分であると評価できる。個々の会社についてみても、何らかの対応措置をとれば必要な資本要件を満たせる、という意味で、問題は今の段階では小さいといえる。

流動性の確保については、保険会社の流動性ニーズは、主に解約返戻金支払の原資が必要であることから生じ、平常時の現金保有ではこれを賄えない。しかし、必要な資産(主として債券)売却を行なえば資金流出に対応可能である。この必要売却額の水準は、欧州経済領域の債券取引高(四半期平均)の約4%にあたるという結果となっており、これは充分に実現可能な規模であろうと考えられている。

3――今後の動きについて

3――今後の動きについて

今後、さらに結果を分析し、脆弱性が特定されればEIOPAが必要な勧告を検討する、とされている。
 
このストレステストの結果を踏まえて、EIOPA会長は、

「地政学的緊張のさらなる高まりに備える資本・流動性確保の態勢が整っていると評価できることは安心材料ではある。しかしながら、今後も慎重なリスク管理と厳重な監督が必要であることについては強調しておきたい。また、テスト結果は全体としては良好な結果であったが、個々の会社の結果の開示については、各社とも消極的である点については、透明性の観点から残念である。」

とコメントしている。

保険研究部   主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任

安井 義浩(やすい よしひろ)

研究領域:保険

研究・専門分野
保険会計・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴

【職歴】
 1987年 日本生命保険相互会社入社
 ・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
 2012年 ニッセイ基礎研究所

【加入団体等】
 ・日本アクチュアリー会 正会員
 ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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