商業用不動産市場は全体として回復しているものの、セクター間の二極化が顕著である。2024年第3四半期のセクター別トータルリターンは、ホテルが前年比+7.5%、商業施設+2.6%、物流施設▲0.9%、賃貸住宅▲2.7%、オフィス▲12.1%となっている(図表1)。ホテルのパフォーマンスは最も高いものの、コロナ禍後の急回復が一服し、前年同期の+12.0%からは鈍化している。一方、商業施設は「アマゾン効果」によるEC拡大の打撃を受け、2018~2019年にパフォーマンスが低迷していたが、現在はホテルに次ぐ高リターンを記録し、構造的な不調から回復しつつあり、投資家から再び注目を集めている。
特に深刻な状況にあったオフィスセクターは、金利低下により最悪期を脱しつつあるものの、在宅勤務の普及による需要減少の影響が残っており、依然として調整局面の真っ只中にある。IT企業が集積し、市況が特に悪化しているサンフランシスコでは、2024年第3四半期のオフィス空室率が37%に達している
3。ただし、「トロフィーオフィス」と呼ばれる最上級グレードの物件は、オフィス回帰を進める企業の需要を捉え、高稼働率を維持している。一方、立地やグレードで劣る「コモディティオフィス」は、テナント確保が困難であり、非常に厳しい状況にある。市況がいつ回復するのか、先行きの不透明感は依然として強い。
今回の不動産市場の調整は、このようにまだら模様であることが特徴だ。不動産セクター間での二極化が顕著であるだけでなく、オフィス市場で見られるようにセクター内でも格差が広がっている。また、商業用不動産は打撃を受けたものの、市場規模がその2倍以上ある居住用不動産は、金融引き締め下でも高値圏を維持し、大幅な調整を免れた。これが、商業用不動産価格が大幅に下落したにもかかわらず、金融危機を回避できた要因の一つである。
さらに、銀行などの貸し手は、コロナ禍以降の商業用不動産市場の苦境に対し、「Pretend and Extend(見て見ぬふりをして返済期限を延長する)」という戦略を取った。リーマン・ショックの経験から、一斉に資金を引き揚げると不動産の投げ売りを招き、自らの首を絞める結果になることを学んだからである。このように時間を稼いでいる間に、インフレが落ち着きを見せ、FRBが利下げに転じたことで、商業用不動産市場にも明るい兆しが見え始めた。しかし、現在の市況回復は、不動産ファンダメンタルズの成長による自律的な反発というより、金利低下という金融要因に依存している面が強い。
特に懸念されるリスクは、トランプ氏が大統領に復帰し、減税や関税引き上げなどのインフレ促進策が実行される見通しとなったことである。インフレが再燃すれば、FRBが再利上げを余儀なくされる可能性もある。そうなると、依然として力強さに欠ける商業用不動産市場が再び逆風にさらされる。金利頼みの商業用不動産市場の回復の勢いが増すかは不透明で、現在のまだら模様の市場環境がしばらくは続くことが予想される。
1 Green Street Commercial Property Price Index.同指標は先行性に優れるため、他の商業用不動産価格指数であるRCA CPPIなどは価格が下げ止まったものの、明確な反転は示していない。
2 商業用不動産向け融資の焦げ付きが、SVBの破綻の直接の原因ではないが、米国の中小銀行は平均して資産の約3割を商業用不動産向け融資が占め、商業用不動産の更なる調整が次なる火種として注目を集めた。
3 CBRE, San Francisco Office Figures Q3 2024, 8 October 2024.