年金の「第3号被保険者」廃止論を3つの視点で整理する(前編)- 制度の概要と不公平感

2024年12月05日

(中嶋 邦夫) 公的年金

3|第3号被保険者を廃止した場合の影響: 現行制度の公平さが崩れ、完全な片働き世帯に対する逆進的なペナルティに

冒頭で述べた経済団体や労働組合は、第3号被保険者制度を廃止して、第3号被保険者を第1号被保険者に移行することを提言している。しかし、このように制度を変更した場合は、現行制度よりも片働き世帯(厚生年金加入者と第3号被保険者の夫婦)の負担が増え、現行制度でバランスが取れている夫婦世帯間での公平性や世帯員1人あたり収入での公平性が崩れる(図表5)。特に、本人負担分は大きく増える。

共働き世帯や企業にとっては、第3号被保険者分の基礎年金の費用が不要となることで厚生年金保険料を引き下げられるため、現行制度よりも有利になる。他方で片働き世帯は、厚生年金保険料が下がったとしても国民年金保険料を新たに負担する必要が生じるため、世帯としては負担が増える。加えて、負担が増えても給付は増えないため、片働き世帯にとっては専業主婦(夫)でいることへのペナルティと受け止められる可能性がある。また、国民年金保険料は原則として定額であるため11、片働き世帯にとっては逆進的なペナルティとなる12。審議会で、第3号被保険者制度の廃止に対して出る「応能負担の原則に反する」という反対意見は、このような影響を示唆している。
このような片働き世帯に特化したペナルティとなることを避ける方法としては、公的年金の全加入者が国民年金保険料を負担する制度が考えられる(図表6)。この制度では、基礎年金に必要な費用を各個人が負担する形になるため、不公平がない制度と受け止められる可能性がある。しかし、基礎年金に必要な費用に対する会社負担分がなくなり、定額型の給付である基礎年金の費用を報酬比例型の保険料でまかなうという所得再分配機能もなくなるため、収入が少ないほど現行制度よりも負担が大きくなる13。この点を考慮しているかは明確でないが、第3号被保険者の廃止を求める提言には最終的な制度の姿として基礎年金の税方式化を提言しているものがある14
 
11 公的年金では応能負担(所得に応じた負担)が原則になっており厚生年金加入者間には所得再分配機能が働いているが、自営業では給与所得者(厚生年金加入者)と同じ形での所得捕捉や所得再分配が困難であるため、第1号被保険者ついては定額負担・定額給付(定額の国民年金保険料の負担と定額の基礎年金のみの給付)となっている。なお、国民年金保険料には世帯所得に応じた4段階の免除制度あるが、免除の程度に応じて年金額が減額される。免除の所得要件(前年の所得)は、全額免除で「32万円+(扶養親族数+1)×35万円」、半額免除で「128万円+扶養親族数×38万円+社会保険料控除等」、3/4免除で「半額免除の基準-40万円」、3/4免除で「半額免除の基準+40万円」、である。
12 関経連は、第3号被保険者の廃止に加えて配偶者控除の廃止も提言している。配偶者控除の廃止は、第3号被保険者の廃止と異なり、累進税率により扶養する配偶者の所得者が高いほど影響が大きくなる(ただし合計所得が1000万円超の場合は、現行制度では配偶者控除が適用されないため、廃止になっても影響がない)。
13 他の図表と世帯収入を揃えているため分かりづらいが、共働き世帯の片方(年収300万円)と年収600万円の単身世帯の負担(本人分と会社分の合計)の比を見ると、図表4や図表5では両者の収入に比例して1:2(図表4では55万円:110万円、図表5では53万円:106万円)だが、図表6では定額部分があるため1:1.7(61万円:103万円)である。
14 脚注1で挙げた提言のうち連合と経済同友会のものが該当する。税方式化された基礎年金については、両団体とも基礎年金の給付を所得再分配機能を有する形に改めることを提言し、経済同友会は財源となる税を所得再分配機能を有するものとすることも提言している。
4|不公平感に関する整理: 厚生年金の適用拡大や第3号被保険者の縮小は必要だが、第3号の廃止では新たな不公平が発生

以上の考察をまとめると、次のように整理できる。
 
  • 現行制度でも、第3号被保険者に収入がない完全な片働き世帯なら、負担と給付の関係は共働き世帯と同じになっている。
     
  • 収入がある第3号被保険者世帯は有利になっているため、負担と給付の不公平をなくすには、全被用者に対する厚生年金の適用や第3号被保険者の収入基準のゼロ円への引下げが必要。
     
  • 第3号被保険者制度を廃止して完全な片働き世帯収入が国民年金保険料を納める制度にすると、現行制度の公平さが崩れ、完全な片働き世帯に対する逆進的なペナルティになる。

第3号被保険者制度の廃止は提言としては分かりやすいフレーズだが、負担と給付の関係に対しては、全被用者に対する厚生年金の適用や第3号被保険者の収入基準のゼロ円への引下げとは異なる悪影響をもたらす。全被用者に対する厚生年金の適用や第3号被保険者の収入基準のゼロ円への引下げに加えて第3号被保険者制度の廃止まで行う必要があるかについては、負担と給付の関係とは別の視点で検討する必要がある。

保険研究部   主席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査部長 兼任

中嶋 邦夫(なかしま くにお)

研究領域:年金

研究・専門分野
公的年金財政、年金制度全般、家計貯蓄行動

経歴

【職歴】
 1995年 日本生命保険相互会社入社
 2001年 日本経済研究センター(委託研究生)
 2002年 ニッセイ基礎研究所(現在に至る)
(2007年 東洋大学大学院経済学研究科博士後期課程修了)

【社外委員等】
 ・厚生労働省 年金局 年金調査員 (2010~2011年度)
 ・参議院 厚生労働委員会調査室 客員調査員 (2011~2012年度)
 ・厚生労働省 ねんきん定期便・ねんきんネット・年金通帳等に関する検討会 委員 (2011年度)
 ・生命保険経営学会 編集委員 (2014年~)
 ・国家公務員共済組合連合会 資産運用委員会 委員 (2023年度~)

【加入団体等】
 ・生活経済学会、日本財政学会、ほか
 ・博士(経済学)

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