コラム

最大のメルセンヌ素数が6年ぶりに更新されました-52個目の完全数及びメルセンヌ素数の発見-

2024年10月28日

(中村 亮一) 保険計理

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はじめに

メルセンヌ素数については、これまでに2回の研究員の眼で紹介してきた。まずは、完全数との関係で、研究員の眼「完全数とその魅力について-「博士の愛した数式」を観て、改めて数字の持つ奥深さに魅せられました-」(2017.2.13)の中で紹介した。その時点では、49個の完全数及びメルセンヌ素数があると述べたが、研究員の眼「最大のメルセンヌ素数が2年ぶりに更新されました-50個目の完全数及びメルセンヌ素数の発見-」(2018.2.26)において、2018年1月3日に、新たなメルセンヌ素数を探索するプロジェクトサイトであるGIMPS(Great Internet Mersenne Prime Search)1が、2017年12月26日に50個目の完全数及びメルセンヌ素数が発見されたと公表したことを紹介した。今回、GIMPSは、2024年10月21日に、2024年10月12日に52個目の完全数及びメルセンヌ素数が発見されたことを公表2した。これは、これまでに特定された最大のメルセンヌ素数3ということになる。今回は、その内容を紹介する4
 
1 GIMPSのWebサイトは以下の通り
 https://www.mersenne.org/
 35番目以降のメルセンヌ素数の発見はGIMPSによっている。
2 プレスリリース
 https://www.mersenne.org/primes/?press=M136279841
3 GIMPSの公表資料では、今回の最大のメルセンヌ素数について、「the largest known prime number(最大の既知の素数)」と表現されている。なお、素数自体は無限に存在しており、これは例えば背理法で証明される(素数が有限個しか存在しないと仮定すれば、それらの有限個の全ての素数を掛け合わせた数字に1を加えた数は、それまでのどの素数でも割り切れないので素数となる、ことから矛盾が発生する)。
4 先のGIMPSのWebサイトに加えて、以下の「メルセンヌ素数」に関するWebサイトからの情報等に基づいて記述している。
 Mersenne Primes:History, Theorems and Lists  http://primes.utm.edu/mersenne/index.html

完全数及びメルセンヌ素数とは

完全数及びメルセンヌ素数の詳しい内容については、以前の研究員の眼も参照していただくことにして、ここでは簡単に説明しておく。

完全数(Perfect number」とは、「その数字自身を除く約数の和がその数字自身に等しい自然数」のことをいう。例えば、6の約数は、1、2、3、6の4つで、6以外の約数の和が、1+2+3=6となるので、6は完全数である。28も完全数で、1+2+4+7+14=28 となっている。

メルセンヌ数(Mersenne number」とは、2n-1という形の数(これは、Mnと表現される)であり、素数のメルセンヌ数を「メルセンヌ素数(Mersenne prime number5と呼んでいる。

この時、以下のことが知られている6

・2n-1が素数(即ち、メルセンヌ素数)であるような正の整数nを用いて、2n-1×(2n-1)という形で表される数は完全数である。さらに、n≧2となるので、2n-1×(2n-1)は偶数となる。

・逆に、偶数の完全数は、全て2n-1×(2n-1)の形となる。

・即ち、「メルセンヌ素数と偶数の完全数は1対1に対応」している。

現時点で確認されているメルセンヌ素数は限られており、2018年12月に51個目が発見されていたが、今回6年ぶりに新たに発見されたものは、それに続く52個目となっている。
 
5 350年以上前にこれらの数字を研究していたフランスの修道士マリン・メルセンヌ(Marin Mersenne)(1588-1648)に因んで名付けられている。
6 全てのメルセンヌ素数が完全数を形成することは、紀元前3世紀のユークリッド原論において証明されている。また、全ての偶数の完全数がメルセンヌ素数から形成されることは、18世紀にレオンハルト・オイラーによって証明された。

新たなメルセンヌ素数

今回新たに発見されたメルセンヌ素数は、「2136279841-1」で、「M136279841」と呼ばれている。

この「M136279841」は、4102万4320桁の数字で、これまで最大だった51個目のメルセンヌ素数「M82589933(=282589933-1)」の2486万2048桁と比べて、1600万桁以上大きくなっている。

実は、以前の研究員の眼で紹介した50個目のメルセンヌ素数や51個目のメルセンヌ素数等は、以下の通りとなっており、今回の新たなメルセンヌ素数はそれまでのものに比べて格段に桁数が大きくなった数となっている。

48個目 M57885161 1742万5170桁
49個目 M74297281 2233万8618桁
50個目 M77232917   2324万9425桁
51個目 M82589933   2486万2048桁

今回の新たなメルセンヌ素数の発見について

今回の新たなメルセンヌ素数は、カリフォルニア州サンノゼの36歳の研究者で、元NVIDIA社員のルーク・デュラント(Luke Durant)氏によって、10月12日に発見された。ルーク・デュラント氏は、何千人ものGIMPSボランティアの1人である。

2017年に、ミハイ・ブレダ(Mihai Preda)氏が PC(パソコン)のGPU(Graphics Processing Unit)のパワーがますます高まっていることに対応して、メルセンヌ数の素数性をテストする GpuOwlプログラムを作成し、そのソフトウェアを全ての GIMPS ユーザーに提供した。ルーク・デュラント氏は、一連のGIMPS ソフトウェアを多数の GPU サーバーで実行及び維持するためのインフラストラクチャを開発し、17か国にわたる24のデータセンター地域における数千のサーバー GPU構成された「クラウドスーパーコンピューター」で、約1年間のテストの結果、M136279841を発見している。

10月12日に、リュカ–レーマー・テスト(Lucas-Lehmer test)と呼ばれる素数判定法で、素数であることが確認され、その後、GIMPSが複数のプログラムを実行して、素数であることを検証し、素数であることを認めた。

なお、ルーク・デュラント氏は、自らが設計に携わったGPUが、基礎的な数学や科学の研究にも適しており、新しいメルセンヌ素数の発見はGPUがAI(人工知能)以外にも使用できることを示す素晴らしいデモンストレーションになると判断した、としている。

今回の発見で、ルーク・デュラント氏には、GIMPSから賞金として3000ドルが贈られることになるようだ。3000ドルという賞金は、費やされた時間と労力に十分見合った金額とはいえないように思われるが、52個目のメルセンヌ素数の発見者として、その歴史に名前が刻まれるという名誉がより重要なことになる。彼は賞金をアラバマ数学科学学校の数学科に寄付する予定とのことである。

なお、電子フロンティア財団(Electronic Frontier Foundation)は、1億桁の素数の発見に対して 150,000 ドルの賞金(匿名の寄付者による資金提供)を支払うとしている。

メルセンヌ素数の順番

今回52個目の、これまでで最大のメルセンヌ素数が発見されたと述べたが、これが52番目に小さなメルセンヌ素数であるとは限らない。

以前の50番目のメルセンヌ素数発見に関する研究員の眼において、「2016年9月に、現在の45番目までのメルセンヌ素数より小さいものは存在しないことが確認されているが、46番目から今回の50個目の最大のメルセンヌ素数までの間に、新たなメルセンヌ素数が存在しないことは未だ確認されておらず、新たなメルセンヌ素数が発見されるかもしれない。その意味で、今回発見されたメルセンヌ素数は、現段階ではあくまでも「50個目」のメルセンヌ素数であり、「50番目」のメルセンヌ素数とは言い切れないものとなっている。」と述べていたが、その後、48番目までの順番が確定している。

ただし、49番目以降の順番は確定していないため、49番目のメルセンヌ素数よりも小さいメルセンヌ素数が発見されるかもしれないことになっている。過去においては、45番目のメルセンヌ素数は、46番目のメルセンヌ素数の後に発見されている。

メルセンヌ素数の用途

それでは、これらのメルセンヌ素数は、どのような形で社会に役立っているのだろうか。なぜ、このような大きな時間と労力をかけて、より大きなメルセンヌ素数を探そうとしているのだろうかと疑問に思われるかもしれない。

これについては、正直言って、現時点においては、メルセンヌ素数自体そのものに、実用的な用途は殆どないものとされているようだ。それでも、人々の単純な探求心に加えて、素数を発見するためのプログラムはハードウェアのテストとして使用されているし、過去のユークリッドやオイラーやフェルマー等の著名な数学者の素数等に関する研究は新たな理論等を生み出してきており、メルセンヌ素数の発見に向けた各種の研究等は、間接的には社会に役立ってきているといえるだろう。

そもそも、重要な暗号化アルゴリズムが素数に基づいて開発されるまで、大きな素数を探す理由についても、数十年前に同様な疑問が持たれていた。

完全数やメルセンヌ素数を巡る予想や未解決問題

さて、先に述べたように、お互いに深く関係している完全数とメルセンヌ素数(メルセンヌ素数と偶数の完全数は1対1に対応)については、いまだ解明されていない問題も多い。例えば、以下の通りである。

・奇数の完全数は存在するのか。

・完全数は無数に存在するのか、メルセンヌ素数は無数に存在するのか。

・1の位が6か8以外の完全数は存在するのか。

・メルセンヌ合成数(素数pに対するメルセンヌ数2p-1で合成数7)は無数に存在するのか。

・二重メルセンヌ素数(double-Mersenne primes)(メルセンヌ数p=Mn(=2n-1)が素数かつメルセンヌ数Mp(=2p-1)も素数)(これをMMnと表記)は、以下の4つ以外にあるのか。

MM2=23-1=7          M2=22-1=3     
MM3=27-1=127         M3=23-1=7     
MM5=231-1=2147483647    M5=25-1=31
MM7=2127-1=1701411183460469231731687303715884105727    M7=27-1=127
 
7 2以上の自然数で素数でない数。自然数は1と素数と合成数に区分されることになる。

最後に

今回、新たに52個目のメルセンヌ素数が発見されたが、これもあくまでも1つのステップでしかない。今回の発見においては、クラウドでのGPUのパワーの向上と利用可用性の爆発的な成長が多大な貢献をしている。今後は、量子コンピュータ等の開発でコンピュータの処理能力がより一層向上していけば、さらなるメルセンヌ素数の発見が急速に進んでいくことになるのかもしれない。

数学や科学の発展がコンピュータ技術の開発や発展を促すとともに、逆にこれらの発展が数学上の問題の解決に寄与してくるという相互に貢献し合う形になっている。

これまでの数学上の未解決とされている問題等は、基本的には紙と鉛筆の世界において、人間の頭の中で理論的に証明されてきたものと思われるが、これからは四色問題の証明等のように、コンピュータやAIも駆使して解決されていくことも多くなっていくのかもしれない。それでも、それらのコンピュータやAIの使用に至るまでのプロセスにおいては、人間が頭で考えた理論やモデルがベースとして重要なままであり続けるということなのであろう。

こうした時代の到来により、これまでの多くの未解決問題が解決されていくことになれば、それは大変興味深くかつ喜ばしいことであり、そうした好循環が生まれてくることを大いに期待していきたいと思っている。
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