財政面では、コロナ禍以降の非常時モードの運営から、新たなルールに基づいた健全化が進められている。コロナ禍やエネルギー危機に対応するため停止された財政ルール(GDP比で財政赤字3%、公的債務残高60%超過を是正する措置)は、一部運用を柔軟化(基準超過国における各国裁量や期限の拡大)した上で再開された。2027年までは復興基金からの資金受け取りが継続するため、財政スタンスの急激な引き締めは抑制されるだろうが、復興基金が終了し、高齢化が進めば、年金、医療といった社会保障費用関連の財政負担が増すと見られる。防衛費、競争力強化のための投資資金など財政に期待される役割が増加するなかで社会保障費も増えていくため、財源確保は大きな課題となるだろう。
メインシナリオでは、脱炭素・デジタル社会への移行を進展させつつ、高齢者の労働参加率が上昇することで労働供給力は一定程度維持され、ユーロ圏の競争力もコロナ禍前程度まで回復すると想定している。その結果、予測期間末までは1.3%程度の潜在成長率が維持され、2025年以降には成長率が潜在成長率並みに回復すると予想している。この場合、
2025-2034年の平均成長率は1.3%となり、2015-2024年の平均成長率(1.4%)をわずかに下回るものの、ほぼ同程度の成長率を達成できる。インフレ率の2%付近での安定、経常収支の予測期間にわたっての黒字確保も見込まれる。ただし、競争力を維持・向上させ、予測期間にわたって潜在成長率を維持するには、統合の深化と改革が必要であり、達成の難易度は増している。
(中国経済-今後10年にわたり成長率は引き続き鈍化、構造改革は正念場に)
中国では、2020年から2023年にかけてコロナショックの影響により経済のアップダウンが続いた後、2024年から経済が正常化した。しかし、2021年以降始まった不動産不況が長期化の様相を呈しており、その下押しによって経済は力強さを欠く状況を続けている。加えて、過剰生産能力を背景とした輸出ドライブにより先進国を中心に貿易摩擦が生じており、これも不安材料となっている。そうしたなか、中国指導部は先行きに対する懸念を強めつつあり、2024年9月には経済下支え強化の考えを従来以上に強調するとともに、その手始めとして追加の金融緩和も発表している。もっとも、追加の財政出動が今後発表されたとしても、国債増発の時期が年末になることを考慮すると、2024年中の経済を大きく押し上げることは期待しづらい。
2024年の実質GDP成長率は4.7%と、通年の成長率目標(5%前後)を辛うじて達成できる程度にとどまるだろう。
その後、当面は、不動産不況や貿易摩擦による下押しと経済政策による下支えとがせめぎ合いながらも、段階的に減速する見通しである。さらに2034年までの中国経済を展望すると、都市化やサービス化、国家主導のイノベーションによる産業高度化など、成長の余地はまだ残っている一方で、人口オーナスの影響や各種構造問題の残存により、かつての高度経済成長を支えた豊富な労働力や旺盛な資本の投入に頼ることは難しい。また、生産性の向上も様々な制約に直面しており、潜在成長率の低下は不可避と考えられる。
今後10年で、成長率は2%台前半まで低下することが予想される。
まず、労働力に関しては、生産年齢人口(中国の定年退職年齢に基づく)が2012年から減少に転じている。今後の減少幅は、2010年代に比べて徐々に拡大する見込みであり、それに伴い、成長を押し下げる力も強まる。2024年9月には定年退職年齢引き上げの方針が決定されたが、2025~2039年の15年間で段階的に引き上げられる予定であり、潜在成長率低下に歯止めをかける効果は大きくないと考えられる。
また、資本投入(投資)については、人口動態やデレバレッジが下押しとなり、投資に依存した成長を続けることは難しい。人口動態に関しては、2000年代半ばより、高齢者を中心に従属人口比率が上昇し、人口オーナスの影響が強まりつつある。それに伴い、国全体でみた貯蓄率は低下傾向にあり、その結果、投資率も下がりつつあると考えられる。この傾向は今後強まることが見込まれ、趨勢として投資率は一層低下するだろう。他方、デレバレッジに関しても、これまで長らく行われてきた過剰投資の後処理として、避けては通れない道である。中国政府は、2010年代半ばから段階的にデレバレッジの取り組みを進めているが、企業債務の増加にはまだ歯止めがかかっていない。現在経済成長を犠牲に進めている不動産セクターの調整に加え、地方政府の隠れ債務である融資平台の問題も残っている。このほか、一時はデレバレッジが進んだ製造業等その他の企業債務についても、米中貿易摩擦やコロナショックに対する経済下支えの影響で再び増加に転じつつあり、これも重石となるだろう。
このため、生産性の向上を通じた成長力の強化が必要な状況だが、そのために取り組むべき課題は多く、かつ多岐にわたる。例えば、金融制度改革や国有企業改革、民間のイノベーション活性化を通じた経済生産性の向上や、対外開放を通じた海外の活力の取り込み、都市と農村を分断する戸籍制度の改革を通じた労働市場の流動化、社会保障制度整備を通じた予備的貯蓄解消、所得格差縮小による消費底上げなどだ。
いずれも難度の高い課題であり、順調に進むかどうかは不透明だ。2024年7月に開催された中国共産党第20期中央委員会第3回全体会議(三中全会)では、内外に山積する課題に対して、国内の管理、統制を強めるとともに、福祉や分配政策の強化を継続する考えが示された。例えば、市場化改革に関して、大きな方針の転換はみられなかったものの、従来に比べて「市場には管理が必要」との認識が強く表れており、それが経済効率向上の妨げにならないか懸念が残る。また、対外開放に関しても、それを堅持する姿勢は不変であるものの、実際には米国など西側諸国との間で経済摩擦が深まるなか、安全保障との両立が必要となっており、開放一辺倒というわけにはいかなくなっているのが実情だ。
ただ、向こう10年程度は、上述の生産年齢人口の減少や従属人口比率の上昇など人口動態による下押し圧力はまだ限定的である。また、金融セクターでは大手銀行を中心に健全性が保たれているほか、中央政府の財政にもまだ余力があり、経済の下支えや危機対応に対応することも可能だろう。2032年には1人当たり名目GDPが2万ドルを超える水準まで到達すると予想される。その後は、人口動態の影響や都市化等による経済の伸びしろの減少により、経済への下押しはそれまで以上に強まるだろう。2030年代半ば以降、スピードの減速は不可避にせよ、成長が安定したものとなるか、不安定なものとなるかは、それまでの間に長期的な成長の基盤を作ることができるかによる。三中全会では、建国80周年にあたる2029年を改革達成の期限として新たに設定した。それまでに、必要とされている改革が具体的にどのように進捗し、成果として表れていくか、動向を評価していく必要がある。