市場参加者の国債保有余力に関する論点

2024年10月03日

(福本 勇樹) 金利・債券

日本銀行は、2024年7月の金融政策決定会合において「金融市場調節方針の変更および長期国債買入の減額計画の決定について」を公表した。その中で、長期国債の買入れ減額について、月間の長期国債の買入れ予定額を、原則として毎四半期4,000億円程度ずつ減額し、2026年1~3月に3兆円程度とする計画を決定した。また、長期金利が急上昇する場合には買入れ額の増額や指値オペ、共通担保資金供給オペを実施すること、2025年6月の金融政策決定会合で減額計画の中間評価を行うなど、国債市場の安定に配慮した柔軟性を確保するとしている。
 
資金循環統計によると、日本銀行が50%を超える国債・財投債(ただし、国庫短期証券を除く)を保有している状況にあり、日本銀行は日本国債市場で最も影響力のある市場参加者といえる(図表)。日本銀行は、買入れ減額が計画通りに進むと、保有国債残高が7~8%程度減少するとしている。2024年3月時点の保有残高から推定すると、40兆円から50兆円の減額規模となるが、他のどの市場参加者に国債保有余力があるかどうかが重要な論点になっている。
 
さらに、無視できない程度の「ストック効果(中央銀行が国債を市中から買い上げることで金利を押し下げる効果)」が長期金利に影響を与えていると考えられている。2024年6月に公表された日本銀行ワーキングペーパーシリーズによると、2016年のイールドカーブ・コントロール導入後にはストック効果により1%程度の長期金利の押し下げ効果があったと結論付けられている1。今後、日本銀行が国債買入れを減額すると、ストック効果も徐々に剥落することになるため、0.1%程度の金利上昇圧力を伴うものと推定される。
 
第一に国債保有余力があると期待されているのが銀行を中心とする預金取扱機関である。預金取扱機関は異次元緩和前に約300兆円を保有していたが、2024年3月時点で約100兆円にまで減らしていた。この間、資産サイドで貸出が約280兆円増えているものの、日銀当座預金も約470兆円増えており、計算上は、少なくとも従前と同程度の国債保有余力があると考えられている。しかしながら、資本毀損の回避や過大なリスクテイクの抑制を目的として、銀行を中心に金融機関に対する金融規制が厳格化されており、保有可能な国債残高や抱えられる金利リスク量の制約が厳しくなっている。それゆえ、金利上昇圧力が伴う中で、預金取扱機関が従前と同じ水準まで国債を保有するのは難しいとする指摘がある点に留意する必要がある。
 
具体的には、「レバレッジ比率規制」では総資産等に占める自己資本の割合が一定水準を上回る必要がある。また、2024年8月時点で国債保有はレバレッジ比率規制の計算対象だが、日銀当座預金は特例措置で計算対象外となっている。つまり、この規制の対象となる金融機関は国債を保有すればするほど、自己資本を増やす必要に迫られることになる。言い換えると、国債投資から得られるリターンが十分でなければ、日銀当座預金に預けておいた方が金融規制の観点で有利だということになる。「金利リスクの規制(IRRBB:Interest Rate Risk in the Banking Book)」では、自己資本に占める金利リスク量に制約があり、一定水準以下に抑える必要がある。つまり、保有残高を増やす場合、デュレーションを短期化するインセンティブが働くことになる。従って、預金取扱機関の保有余力は償還年限が短い国債ほど大きく、長い国債ほど小さくなる。このIRRBBの規制は、預金取扱機関の国債保有余力に対して決定的な制約をもたらす要因となっている2
 
さらに、今回は金利上昇圧力を受けることから、市場参加者にとって国債投資の評価損(含み損)が頭痛の種になる。一般論として、金利が上昇すれば預金金利よりも貸出金利の方が上昇する傾向にあるため、預金取扱機関にとって金利上昇は歓迎すべきことと考えられ、リスク許容度は高まる。その一方で、日銀当座預金などで短期金融市場から得られる利回りも向上するのであれば、デュレーションを短期化するインセンティブが働くことになり、相対的にデュレーションの長い国債投資による評価損を積極的に抱えることにはつながらないのではないか。
 
他にも、年金運用によるリバランスや海外投資家の動向も注目される。財務省は海外投資家向け広報(IR)を強化しているが3、市場環境も追い風になる可能性がある。海外投資家から見ると、為替スワップを活用して米ドル建てで日本国債(10年)に投資すると、2024年8月末時点で6%程度の利回りを獲得することができる。日本銀行が金融政策の正常化の最中にあるからか、海外投資家は日本国債への投資額を抑制した状況にある。しかしながら、2024年に入ってから、6月に欧州で、8月に英国で、9月に米国で利下げが実行されるなど、世界的に金融引き締めを弱める方向にある。このような流れから海外で債券投資が活発化すれば、日本国債にも海外投資家が回帰するかもしれない。


 
1「多角的レビューシリーズ:大規模国債買入れのもとでのわが国の長期金利形成」(日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、2024年6月)
2「国債の安定消化」(第3回:国の債務管理に関する研究会、2023年6月)
3「国債IR基礎資料」(財務省、2024年7月)

 

金融研究部   金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任

福本 勇樹(ふくもと ゆうき)

研究領域:

研究・専門分野
金融・決済・価格評価

経歴

【職歴】
 2005年4月 住友信託銀行株式会社(現 三井住友信託銀行株式会社)入社
 2014年9月 株式会社ニッセイ基礎研究所 入社
 2021年7月より現職

【加入団体等】
 ・日本証券アナリスト協会検定会員
 ・経済産業省「キャッシュレスの普及加速に向けた基盤強化事業」における検討会委員(2022年)
 ・経済産業省 割賦販売小委員会委員(産業構造審議会臨時委員)(2023年)

【著書】
 成城大学経済研究所 研究報告No.88
 『日本のキャッシュレス化の進展状況と金融リテラシーの影響』
  著者:ニッセイ基礎研究所 福本勇樹
  出版社:成城大学経済研究所
  発行年月:2020年02月

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