定年退職年齢の引き上げを巡って、中国のSNS上で騒ぎとなっている。
きっかけは三中全会後の「決定」
1発表の翌日に、SNS上で「1990年以降に生まれた人は、男性女性にかかわらず、定年退職年齢が65歳に引き上げられる」とした誤った情報が広まったからだ。
これは当局による正式な発表でもなければ、決定に記載されている内容でもない。発信元は「監管之声」(監督・管理の声)とする微信公式アカウント(公衆号)とされ、7月22日は「定年」などのトピックがSNSの微博上での検索3位となるほどであった。
決定では、定年退職年齢について「本人の希望を聞きながら、定年退職年齢も柔軟に選択し、段階的に引き上げていく」と慎重な表現となっていた。しかし、監管之声で参考として紹介された試算内容がさも決定された内容として広まってしまったようだ。中国では現時点でも定年退職年齢(男性が60歳、女性は50歳または55歳)が年金受給開始年齢であり、その引き上げはこれまでもセンシティブマターであった。不安に駆られて情報が誤って解釈され、一気に拡散したのだ。
大きな反響があったのは「90後」とされる1990年代生まれ(20代後半から30代前半)の若年層である。「996」(朝9時から夜9時まで週6日間働く)といった長時間労働やプレッシャーの高い状況で働く中で心身とも疲れ切っており、65歳まで身体がもつとは考えられないといった意見や、経済的に豊かな環境で育ったが、社会に出るときは高度経済成長が終わりを告げ、社会・経済が大きな転換期を迎えるなど、「生まれてくる時代を間違えた」といった悲壮な声も寄せられた。
一方、専門家の中には決定に「本人の希望を聞きながら、定年退職年齢も柔軟に選択する」点が原則として初めて盛り込まれた点を評価している意見もある。また、これまでのように、定年退職年齢に達したら強制退職ではなく、自身や家庭の状況などに応じて働き続けられる点を評価すべきだとの意見もある。ただし、この点については実質的に定年を延長できるのは専門技術職などに限られ、その効果は限定的とした見方が多い。
中国の定年退職年齢の引き上げはすなわち年金受給開始年齢の引き上げであり、年金財源をどう持続可能なものにしていくかに直結している。各国における年金受給開始年齢をみると、オーストラリアは67歳(2024年)、ドイツは2023年1月時点で66歳(2012年以降、65歳から67歳へ段階的に引き上げ)、イギリスは66歳(2024年)、アメリカは66歳(2022年)、カナダは65歳と、多くの国々で65歳以降に移行している
2。中国の男性60歳、女性が50歳または55歳の年金受給開始がどれくらい早いかは想像に難くない。少子高齢化の急速な進展、年金財源問題(2035年の年金積立金の枯渇問題)、平均余命の伸びなどを考えると、このような年金騒動を経ながらも着実に引き上げを行っていく必要があろう。
1 中国共産党は7月15日~18日にかけて三中全会を開催、21日にはその決定内容を記載した「更なる改革の全面的深化、中国式現代化の推進に関する中共中央の決定」を公表した。その決定で定年退職年齢の引き上げが取り上げられた。
2 公益財団法人 年金シニアプラン総合研究機構(2024)『年金と経済』第43巻第2号(通巻第170号)。