個人事業所への厚生年金の適用拡大では、適用の徹底が課題~年金改革ウォッチ 2024年7月号

2024年07月09日

(中嶋 邦夫) 公的年金

1 ―― 先月の動き

年金事業管理部会は、2回にわたって日本年金機構の前年度と第3期中期目標期間(2019~2023年度)の業務実績について報告書案を確認した。働き方の多様化を踏まえた被用者保険の適用の在り方に関する懇談会は、前回までに行ったヒアリングや意見交換を踏まえて、報告書の取りまとめに向けた議論を行った。
 
○社会保障審議会 年金事業管理部会
6月5日(第73回)  日本年金機構の令和5年度業務実績及び第3期中期目標期間の業務実績、他
URL https://www.mhlw.go.jp/stf/kanribukai-siryo73_00001.html (資料)
6月27日(第74回) 日本年金機構の令和5年度業務実績及び第3期中期目標期間の業務実績、他
URL https://www.mhlw.go.jp/stf/kanribukai-74_00001.html (開催案内)
 
○年金局 働き方の多様化を踏まえた被用者保険の適用の在り方に関する懇談会
6月11日(第7回) 意見交換を踏まえた論点整理
URL https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/nenkin_20240131_00013.html (資料)

2 ―― ポイント解説

2 ―― ポイント解説:個人事業所における厚生年金の適用拡大と適用の徹底

被用者保険の適用の在り方に関する懇談会では、次期制度改正における厚生年金の適用拡大に関して、パート労働者の企業規模要件の撤廃と個人事業所の業種要件の撤廃に賛成する意見が中心的になっている*1。本稿では、個人事業所における厚生年金の適用拡大について、年金事業管理部会で報告された適用徹底の状況を踏まえて、経緯や課題を確認する。
 
*1 本年7月1日に取りまとめられた同懇談会の報告書には「経過措置として設けられた本要件(企業規模要件)については、他の要件に優先して、撤廃の方向で検討を進めるべきである」「個人事業所における非適用業種については、5人未満の個人事業所への適用の是非の検討に優先して、解消の方向で検討を進めるべきである」と記載された(カッコ内は筆者による加筆)。
1|個人事業所における適用拡大の経緯と展望:2022年に約70年ぶりに士業へ拡大。業種不問が課題
厚生年金の加入(適用)対象となるか否かは、労働時間などの個人の就労状況に加えて、職場(事業所)の形態等も影響する。正社員*2の場合、法人の事業所は業種や規模に関係なく強制加入の対象となるが、個人事業所は法定業種かつ従業員が5人以上の場合に強制加入の対象となる(図表1)。
2020年の制度改正(2022年10月施行)では、個人事業所の対象業種に士業が追加され、約70年ぶりの見直しとなった。この改正で対象業種が士業に絞られた理由としては、(1)法律で法人化が制限されている資格がある、(2)事務処理面での支障が少ない、などの点が挙げられた。

その後、2022年12月に公表された官邸の有識者会議の報告書では個人事業所の非適用業種の解消が「早急に図るべき」課題とされ*3、2023年12月には検討の継続が決定された*4。2024年から開始された前述の懇談会では、賛否両論が出たものの、解消への賛成が中心的になっている。
 
*2 厳密には、週所定労働時間および月所定労働日数が常時雇用者の4分の3以上の常時使用される者(正社員以外も含む)。
*3 全世代型社会保障構築会議「全世代型社会保障構築会議 報告書」 p.13.
*4 全世代型社会保障構築本部「全世代型社会保障構築を目指す改革の道筋(改革工程)について」 p.4.
2|適用徹底の状況:国税庁など関係機関と連携して推進
制度改正で対象が拡大しても、実際に適用されて企業が保険料を納付しなければ、従業員は厚生年金を受け取れない。厚生年金の加入は原則として事業主が自主的に届け出るため、適用が漏れる事業所や従業員が発生しうる。これを減らす取り組みが、日本年金機構が実施している厚生年金の適用徹底(適用促進)である。
近年の適用徹底は、関係機関が持っている事業所の情報と厚生年金に加入している事業所の情報との照合によって進められている。2002年度からは雇用保険、2012年度からは法人登記簿、2014年度からは国税庁の源泉徴収の情報と照合され、文書・電話・訪問等による適用徹底が進んでいる(図表2・3)。
3|今後の課題:個人事業所に関する国税庁等からの情報提供
日本年金機構による現時点の適用徹底は、効果が大きい従業員5人以上の法人事業所を中心に進められており、照合している国税庁の源泉徴収の情報は法人事業所に限られている。このため、次期制度改正で個人事業所の非適用業種が解消された場合には、国税庁からの個人事業所に関する源泉徴収情報の提供など、実際に適用を進める手立てを充実する必要がある。

2022年10月に士業への拡大が行われたとは言え、非適用業種の撤廃はかなり大規模な新規での適用業務になり*5、事業所の事務処理能力も士業とは異なることが予想される。対象者の老後保障の充実が机上の空論で終わらないよう、しっかりとした実務面の対応を期待したい。
 
*5 非適用業種のうち5人以上の個人事業所数やその従業員数が多い業種(2021年度)は、飲食サービス業(約3万事業所、約23万人)と、洗濯・理容・美容・浴場業(約4000事業所、約2.8万人)。これに対して、士業への適用拡大で想定された従業員数は約5万人。

保険研究部   主席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査部長 兼任

中嶋 邦夫(なかしま くにお)

研究領域:年金

研究・専門分野
公的年金財政、年金制度全般、家計貯蓄行動

経歴

【職歴】
 1995年 日本生命保険相互会社入社
 2001年 日本経済研究センター(委託研究生)
 2002年 ニッセイ基礎研究所(現在に至る)
(2007年 東洋大学大学院経済学研究科博士後期課程修了)

【社外委員等】
 ・厚生労働省 年金局 年金調査員 (2010~2011年度)
 ・参議院 厚生労働委員会調査室 客員調査員 (2011~2012年度)
 ・厚生労働省 ねんきん定期便・ねんきんネット・年金通帳等に関する検討会 委員 (2011年度)
 ・生命保険経営学会 編集委員 (2014年~)
 ・国家公務員共済組合連合会 資産運用委員会 委員 (2023年度~)

【加入団体等】
 ・生活経済学会、日本財政学会、ほか
 ・博士(経済学)

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