6――高齢者の雇用促進と課題
中国では生産年齢人口はすでに減少に転じており、労働力人口の更なる減少が経済成長に影響を及ぼす可能性もある。また、年金、医療、介護といった長寿リスクに備える上でも高齢者の就業継続や定年後の再就職などが重要な課題となりつつある。政府は2025年をめどに定年退職年齢の延長に関する政策の策定を予定しており、更に高齢者の再就職支援の促進に向けた動き
8もある。しかし、都市部では老後の生活の主な収入源として公的年金への依存度が高く、加えて就業率は低いままである。
都市の就労者が加入する都市職工年金の財政は2035年に積立金が枯渇すると推算されており、これまでほぼ毎年引き上げられていた年金給付額も調整を余儀なくされる懸念もある。つまり、今後、政府は老後の生活の安定に向けてより長く働くための政策促進という方向に向かうと考えられる。特に、前期高齢者と位置付ける60-69歳に期待を寄せており、能力の向上、法整備を促進するとしている
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ただし、政府が高齢者の就業や雇用の促進をはかるとしてもそこに至るまで解決すべき課題が山積している。まず、現状として都市部の高齢者の多くは定年退職後は自身の孫世代を養育することで、現役世代の就労を支えるといった家族扶養の役割を担っている(特に女性)点が挙げられる。中国では1990年代の国有企業改革で職場内に設置されていた託児所が廃止されて以降、育児の再家族化が進行している。3歳児以下の入園率は2.7%とされており、政府は現役世代の子育てプレッシャーを改善するために託児所や幼稚園の拡充を目指すとしている。拡充が進めば、現役世代の出産後の職場復帰を促進するだけでなく、高齢者の再就職にも有効と考えらえる。ただし、職場復帰する現役世代としては小さな子どもの養育は自身の親世代にまかせることを望む声も根強く、託児所設置などの量の拡充のみならず、安心して子どもを預けられる質の向上も併せて求められることになる。
また、高齢者の就業に対する社会の意識醸成、企業を巻き込んだ就業機会の創出、関連する法整備も必要となる。「2022年高齢者退職・再就職の調査研究報告」
10では、高齢の両親の就業についての子ども世代の意見についても調査している。それによると、高齢者の就業について35.7%が賛成しているが、25.3%は高齢の両親が仕事で疲れてほしくない、退職後は休んでもらいたいと思っており、24.7%が高齢の両親が心配という回答であった。定年退職後、または高齢になって本人が働きたいと望んだとしても家族やその子どもが賛成しないという可能性もある
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また、企業を巻き込んだ就業機会の創出、関連する法整備について、現行法では「労働者が法定の退職年齢に達したとき、労働契約が終了する」となっている。定年退職年齢が年金受給開始年齢であることからも、高齢者のその後の基本的生存権は社会保険の受給によって保障されると認識されてきた
12。つまり、企業にその期間の延長を求める必要がある。日本でも1960年代に労働人口の減少によって、高齢者福祉法、中高年齢者等雇用促進法など法律を順次整備し、就業機会を創出および確保してきた経緯がある。現在の中国において、各企業にどのようにそれをどのように求めていくかが今後の課題となる。
その一方で、高齢者の就業を促進するとしても、高齢者側と会社側との間で必要とする人材や能力のミスマッチが考えられる。現在60歳以上の高齢者には文化大革命などの政治闘争によって勉学や学習の機会を喪失している者も多い。企業側がまさに必要とするデジタル人材などの需要は若年層に向けられている。こういった点からも高齢者の就業対策は、まず、専門技術を持ち、それを活用した上で再就職が可能な人材などを起点に実施されるべきであろう。
高齢者の就業継続や再就職は単に定年退職年齢・年金受給開始年齢の引き上げのみならず、孫の養育などこれまで家族化された機能の外部化も必要となる。本来であれば数十年という時間を通じて順次法整備、社会の意識の醸成、サービスの拡充を整備していくべきであろうが、現在の中国にはそのような猶予は残されていない。