中国のニュースサイトを見ていたら、懐かしい言葉が目に留まった
1。2016年~2018年に話題になった「恋愛保険」だ。
中国で販売されていた恋愛保険とは、契約時に指定した相手と一定の免責期間以降10年以内に正式に結婚した場合、そのお祝いとしてダイヤモンドの指輪、バラの花1万本や、新婚旅行の代金などが支払われるとした保険(損害保険)である。保険料の多寡に応じて、お祝いの規模も異なる。保険料は数百元と高額ではなかったため、学生など若年層の間で受け入れられ、バレンタインデーにプレゼント感覚で加入するなどの現象も見られた。
恋愛保険が生まれた背景には、2015年に発表された国家戦略「インターネット+(プラス)」がある。インターネットを通じて、あらゆる産業を高度化するというものである。同時にこの時期はスマートフォンが普及し、それに伴うさまざまなオンライン上のサービスが一気に普及・拡大していた。保険業界もこの機運に乗って、特に、若年層が興味や親しみを持ち、将来的な加入につながるようなきっかけとなる新たな保険やサービスを模索していた。
恋愛保険の免責期間の多くは3年であったため、2016年に加入したカップルが2019年に結婚し、結婚式場で並べたバラの花などをSNS上で発表するなども話題となった
2。免責期間に3年が多いのは保険の設計において、付き合い始めたカップルが3年以内に別れる確率が98.39%と見積もられていたようだ。つまり保険に加入して3年以内に結婚したとしても給付が受けられず、3年以降(10年以内)に結婚した場合に給付が受けられるといった仕組みになっていた。しかし、2018年、保険の監督官庁は恋愛関係の維持を給付条件とするのは中国保険法の規定に適しておらず、保険商品としてふさわしくないとして販売を中止させている。
翻って、冒頭のニュースは2018年3月に恋愛保険に499元(9,980円)で加入したカップルが2022年12月に結婚
3。それに際して保険会社に結婚お祝い金9,995元(約20万円)の支払いを請求、保険会社は請求を受け入れたものの、支払われないままであった。よって支払いを求めて裁判を起こしたわけであるが、保険会社側は「恋愛保険は保険法の規定に合致せず、販売が終了している。よって、当該保険契約は無効である」として支払いを回避しようとした。これに対して、裁判所は保険契約は有効とし、結婚お祝い金9,995元と支払い遅延金を支払うよう命じたのである。
恋愛保険は2016年あたりのオンラインサービス勃興期に生まれた保険商品であり、それを象徴する商品の1つでもある。伊藤(2020)
4は、2014年以降、中国ではベンチャー企業の創業ブームが訪れ、既存の規制のグレーゾーンの領域でプラットフォーム企業とベンチャー企業が新ビジネスを形作っていた点を指摘している。また、その行動の目指すところが先進国のキャッチアップの領域から徐々に脱し、未知のサービスの試行と定着というイノベーションと社会実装の領域に到達したとしている。規制のサンドボックス制度
5がない中国では、ローンチされたときは不完全であったとしても、ユーザーや社会の声を聴きながら、また、当局もその様子をみながら方向をただす懐の深さもあった。久々に聞いた恋愛保険は当時のそういった中国社会の勢いと懐の深さも思い起こさせてくれた。