4.1. 移行計画
上記の通り、1.5度超えのリスクが高まる中、投資家は企業に対して「どのようにネットゼロ目標と現状の乖離を埋めていくのか」について道筋の説明――移行計画の策定――を求めるようになっている。例えば、Climate Action 100+のエンゲージメント対象企業の75%がネットゼロにコミットしているが、多くの企業がそれに見合った移行戦略の設定を進めていない。このため、CA 100+は、企業の気候変動に関する情報開示から、気候変動対策計画の実施に重点をシフトさせる方向にある。
また、投資家・金融機関自身においても、移行計画の策定に取り組む先が増えている。実際、分科会「移行計画の実践(Transition Plan in Practice)」で実施されたオンライン・アンケートによれば、約6割の参加者が移行計画を開示済(29%)・策定中(29%)と回答している
6。パネリストとして登壇したアセットマネージャーは、自社の移行計画について、(1)運用ポートフォリオの排出量の目標を設定した上で、(2)その達成手段として、投資先企業へのエンゲージメントを重視していること、(3)具体的には、6つの大テーマ(気候変動、自然、人、健康、ガバナンス、デジタライゼーション)・21の小テーマを設定の上、各テーマの関連性やセクター・地域に特化したエンゲージメントを行っていること、(4)このうち、気候変動テーマについては、20セクター別の期待事項をClimate Impact Pledge(気候影響誓約)において公表しており、エンゲージメント後に最低要求水準に満たない企業に対しては、議決権行使やダイベストメントの手段を講じることを説明した。
また、分科会では、パネリストから各国の移行計画の動向について説明があった。英国では、(1)大手企業(非上場含む)に対して、移行計画の開示を2025年の会計年度より義務化すること、(2)TPT(Transition Plan Taskforce)が2023年10月に移行計画の開示ガイダンスを公表すること、(3)ガイダンスの策定に際しては、ISSBやGFANZのフレームワークとの整合性が意識されていること、が報告された。また、シンガポールでも、(1)2016年よりTCFDに基づく気候変動関連の情報開示が義務化され、ほぼ100%の企業において開示が実現しており、現在は移行計画の開示に向けて動いていること、(2)移行計画の開示に関しては、ベストプラクティスをできるだけ調和させ、相互運用性を確保することが重要であり、(3)この点に関し、移行計画の主要な構成要素や開示に関するガイダンスはISSBをベースにしたうえで、取引所についてはNZFSPA(Net Zero Financial Service Providers Alliance)の基準、金融機関についてはGFANZのガイダンスを参考にする予定であること、が報告された。
なお、分科会では、当局が移行計画の策定を要求してくる時期について、参加者に対してオンライン・アンケートが実施され、(1)既に要求されている先が約1割、(2)1-2年後を予想する先が約4割、(3)2-5年後を予想する先が約4割、(4)今後も要求されることはないと予想する先が1割弱、との回答割合であった。
このほか、移行計画の中に「公正な移行(just transition)」や脱炭素化が困難な(hard-to-abate)セクターへの支援をどう取り込んでいくかに関して、投資家の関心が高かった。CA 100+のエンゲージメント対象企業では、これまでGHG排出のターゲットの設定に焦点が当てられることが多く、「公正な移行」の取組みはかなり遅れているのが実態である。このため、パネリストからは、以下のような指摘があった。
- 企業との対話の際に、公正な移行の問題について取り組むよう強く働きかけるようにしている。
- 2050年までの僅か30年足らずの間に脱炭素化を実現するには、多くのセクターで破壊的変革を必要とする。個々の企業はそれぞれのセクターで何ができるか、投資家は投資先との対話を通じて何ができるかについて考えなければならない。そして、移行が公正かつ政治的に持続可能な方法で行われるために、どのような政策介入が必要かについて、より明確な見解を持つ必要がある。
6 一方、約4割の参加者は、開示に向けてまだ準備できていない、義務化されるまで策定する予定はない、と回答した。