3.1. 自然資本・生物多様性とSpring
今回の東京大会では、生物多様性に関する協働エンゲージメントのイニシアティブ「Spring」の立ち上げがPRIから新たに公表された。2030年までに生物多様性の喪失を食い止め、回復させるというグローバル目標に対して、PRIのコミュニティが最大限貢献することを目的とした新しいスチュワードシップ・イニシアティブである。
生物多様性と気候変動は相互にリンクした関係にあり、どちらも同時に取り組まなければ、ネットゼロは達成できないというのが国際社会における共通認識になっている。例えば、熱帯雨林の減少は、生物多様性喪失の主因の一つであると同時に、GHGの吸収力を大きく損なう原因にもなっている。そして、気候変動に伴う異常気象は大規模な自然災害を発生させたり、野生生物の生息地を脅かしたりするという形で生態系に影響を与え、これが更なる温暖化の原因になっている。
また、世界のGDPの約半分に相当する44兆ドルが自然資本に依存しているため、「投資家は自然リスクから逃れることはできない」との指摘が複数のパネリストから聞かれた。すなわち、自然と生物多様性の喪失は、究極のシステミック・リスクであり、分散投資によっても回避できない。こうしたシステミック・リスクに投資家が対処するには、建設的な方法で企業にエンゲージメントを進めることが不可欠であり、Springはそのためのプラットフォームである。
生物多様性に関する情報開示の枠組みTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)が整備される中、投資家は、ポートフォリオにおける自然関連のリスクや機会への対応を個別に進めると同時に、他の投資家と協働して、システムレベルの変革に貢献していくことが求められている。Springは、当面、生物多様性喪失の原因である「森林喪失」と「土地劣化」に焦点を当て、活動を開始する予定である。EUでは、森林破壊防止法(European Deforestation Regulation、EUDR)が本年6月に施行され、EU域内で販売、もしくは域内から輸出する対象品が森林破壊によって開発された農地で生産されていないこと――すなわち、森林破壊フリーであること――を確認するデューディリジェンス(DD)の実施を企業に義務付けることになった。このため、欧州投資家にとって、自然資本や生物多様性に対する対応は喫緊の課題となっている。
なお、自然領域に関するスチュワードシップ・イニシアティブとしては、Springのほかに、(1)Nature Action 100(NA100)、(2)Investor Policy Dialogue on Deforestation (IPDD)、(3)Farm Animal Investment Risk and Return (FAIRR)、(4)Finance Sector Deforestation Action (FSDA)、(5)Asia Investor Group on Climate Change (AIGCC) によるForest & Land Use Working Group、など複数ある。ここ最近、投資家の間では、リソースに限りがある中で「イニシアティブ疲れ(initiative fatigue)」を指摘する先もみられようになっており、イニシアティブ間の統合を望む声も聞かれる
2。しかし、東京大会では、以下のように、複数のイニシアティブへの参加メリットを強調するパネリストが多かった。
- 複数の自然イニシアティブに参加する最大のメリットは相互補完性だ。複数のイニシアティブに参加することで、我々は自然に関する包括的な知識を蓄積することができる。同時に、ほかの仲間や技術的な専門知識を持つ専門家とのネットワークを構築することも可能だ。
- 市場に多くの自然イニシアティブが存在するという事実は、投資家が自らの戦略的選好やエンゲージメント・アジェンダとの整合性に基づいて、参加したイニシアティブを選択したり、優先順位を付けたりすることを可能にしてくれる点で有益だ。
2 Responsible Investor, "RI survey: Asset owners back consolidation among ESG initiatives", September 12, 2023.