人は加齢によって、知識や経験が蓄積される一方で、筋力や敏捷性、反応速度、バランス能力、柔軟性、視力、聴力など、様々な身体機能が低下することが指摘されている
1。また、認知能力が低下する人も増える。先の労働力調査の職業分類別では、細かい職種までは確認することができないが、高齢就業者の具体的な業務内容や職場の体制などによって、非高齢就業者に比べて、より丁寧な労務管理と業務管理が必要なケースが出てくるだろう。
実は、高齢労働者の労務管理については、高齢労働者の労災が増加していることから、いち早く取り上げられ、対策が進められている。労働者死傷病報告によると、労災の発生率は高齢になると上昇する傾向があり、2018年の結果を見ると、男性で最も発生率が高いのが「75~79歳男性」で、最も低い「25~29歳」の2.3倍に上り、女性で最も高いのは「65~69歳」で、最も低い「25~29歳」の4倍に上った
2。2019年の「経済財政運営と改革の基本方針2019」でも、「サービス業で増加している高齢者の労働災害を防止するための取組を推進する」ことが盛り込まれ、厚生労働省が有識者会議を設置して対策を協議してきた。その報告書では、作業しやすい職場環境の整備や、高齢労働者の状況に応じた働き方のルール作りなどが提言されている
3。今後は、労災防止に限らず、健康管理や健康づくりの取組強化、負担の少ない労働時間や休憩時間の取り方を含む働き方など、労働者が健康にムリなく働き続けるための仕組み作りが前進すると期待している。
一方で、議論が進んでいないのが、消費者保護の観点、すなわち業務管理である。高齢就業者が業務上の責任を果たし、消費者の安全を守れるような仕組みづくりが必要である。筆者は基礎研レポート「
高齢タクシードライバーの増加」の中で、タクシー業界では高齢ドライバーが増加していること、安全確保のためには雇用管理や運行管理の強化、技術の活用による運転支援、そして抜本的にはドライバーの年齢制限が必要だという考えを述べた。
高齢就業者の仕事が、事務職や農林漁業のように事業所内で完結するものであれば問題は無いかもしれないが、顧客に直接、サービスを提供し、それが顧客の身体の安全や財産の保護にかかわるものであれば、格段の注意や対策が必要となるだろう。タクシードライバー以外にも、貸切バスなど自動車運送業の運転手、乳幼児を預かる保育士やベビーシッター、患者の体に触れる医療従事者や福祉・介護職など、利用者の安全確保に注意が必要な職種はあるだろう。
業務管理に関する基本的な対策としては、事業者の場合は、予め高齢労働者の状況に応じて、任せるべき業務範囲を予め定めておくことや、高頻度で分かりやすい指導教育、他の人員による作業の確認、といったことが考えられる。高齢者自身が自営業を営んでいる場合は、他人による仕事のフォローを受ける機会が少ないため、業界団体でガイドラインを定めたり、本人や家族が引退の目安を予め考えたりしておくことも必要ではないだろうか。
またハード面でも、技術を適切に活用し、作業を補助することも有効な対策の一つと言えるだろう。システムは完全に事故を防止するものではないが、補助的な役割を期待できる。
例えば、静岡県の認定こども園の通園バス内で、3歳女児が置き去りにされて死亡した事故では、理事長(73歳)が降車確認と車内点検を怠ったと述べていることなどから、政府は、車両に置き去り防止装置を導入する際の財政支援を検討しているという
4。園児の降車確認や車内点検といったことは、人が行うべき基本動作であろうが、装置によって、物忘れなどの人為ミスを防ぐ役割を期待できる。タクシーであれば、ペダル踏み間違い防止装置や、衝突被害軽ブレーキ等の安全システムが搭載された車両を用いて、衝突防止や被害軽減に役立てる、といったことが考えられる。技術の活用は、高齢者のミス防止に限らず、人手不足で生じる問題の軽減にも役立つだろう。
ただし、これまで述べたようなハード、ソフト両面の様々な対策を尽くしても、消費者の安全を確保できる見通しが立たない場合は、高齢就業者には、業務転換か引退が求められるだろう。
近年、高齢者の身体機能低下が10~20年前に比べて遅いという、高齢者の「若返り」が注目されてきた。日本老年学会は2017年、「高齢者」の定義を75歳以上とし、65~74歳は「准高齢者」とする提言を出した。同学会は報告書の中で「65歳~74歳のいわゆる『前期高齢者』においては、心身の健康が保たれており、活発な社会活動が可能な人が大多数を占めている」と述べている。ただし、「社会活動が可能」と言っても、本人の趣味やボランティア活動ではなく、仕事に従事する場合、どの範囲の業務をこなすことができるか、他人の安全を預かる業務を行うことができるのは何歳頃までか、またそのためにどのような支援が必要か、といった議論は、これから進めていくべき話である。職種によって、従事者に求められる能力は異なるため、産業ごとに、高齢者が業務を担当する際の管理方法やサポート体制等について、対策を検討していく必要があるだろう。
年齢に関わらずに社会参加できる「エイジフレンドリー社会」は、心地よい言葉である。しかし、個人差や時代差があるにせよ、加齢によって身体能力が変化することは事実である。年を取っても「できること」、「他人や機械のサポートを受ければできること」、そして「できないこと」の三つがあり、仕事をする上ではその範囲を見極める必要がある。前稿(基礎研レポート「
高齢タクシードライバーの増加」で述べたように、仕事を引退したとしても、有償・無償ボランティアとして他の活動を始めるなどして、地域に役立つ道は他にもある。高齢就業者が増加してきた今こそ、何人働いているかという「量」の議論から、どのように働くかという「質」の議論に転換すべきであろう。
1 中央労働災害防止協会(2018)「エイジアクション100」
2 厚生労働省「人生100年時代に向けた高年齢労働者の安全と健康に関する有識者会議」第1回会議配布資料。
3 「人生100年時代に向けた高年齢労働者の安全と健康に関する有識者会議」(2020)「 人生100年時代に向けた高年齢労働者の安全と健康に関する有識者会議報告書~エイジフレンドリーな職場の実現に向けて~」
4 読売新聞2022年9月8日朝刊、同9月16日朝刊。